【小倉正男の経済コラム】スティーブ・ジョブズ「良いモノを高く」という系譜

■時価総額NO・1企業として君臨

 「GAFAM」、グーグル、アマゾン、フェイスブック(現メタ)、アップル、マイクロソフトという蒼々たる現代テクノロジー企業を指す言葉である。なかでもアップルは、時価総額ランキングでトップの座に君臨している(2023年2月末)。いわば人気、そして実力とも世界NO・1企業と評価されているわけである。

 1976年、アップルはスティーブ・ジョブズなどによって創業されている。84年にはパーソナルコンピュータの先駆といえる「Macintosh」を商品化している。しかし、業績は安定せず、ジョブズはジョン・スカリーCEOなど取締役会との関係が悪化。85年にはジョブズは「Macintosh」部門を解任され、アップルを退社している。

 スカリーCEOは、ほかならぬジョブズがペプシコーラから引き抜いた経営者だった。だが、ジョブズとスカリーなど経営陣との対立は抜き差しならないものになり、結果としてスカリーはジョブズを退社に追い込んでいる。ジョブズとしたら、少なくとも当時においてスカリーは「仇敵」そのもの、あるいは「仇敵」以上にほかならなかったに違いない。

 その時代のアップルは「Macintosh」をつくった会社であり、米国のベンチャー企業の代表として注目されていた。「Macintosh」に対する専門筋の評価・人気は、日本でも上々で高いものだった。ただそれでもパソコンが一般に普及すのは1990年代以降であり、この段階はその寸前の時期で普及するイメージはまだ見えていなかった。いわばアップルは、「揺籃期」あるいは「青年期」段階に入ったばかりの会社だった。

■スティーブ・ジョブズを追いやった男

 スカリーが、ジョブズが去ったアップルで押し進めたのは「Macintosh」の高単価策による高収益戦略である。「Macintosh」は、DTP(デスクトップパブリッシング)市場で人気を確立しており、高単価・高収益というマーケティング戦略を追求できる素地があった。スカリーは、DTPは新聞、雑誌、単行本といった編集・製作向けのビジネス需要であり、高単価・高収益を目指すには格好のターゲットであると見抜いていた。

 スカリーにインタビューしたのは、1980年代後半のその時期である。アップルは「Macintosh」を世界同一価格、すなわち日本市場でも米国での価格を基準にそれと同一価格で販売していた。「Macintosh」は、その当時は「Windows」に対して技術的に優位にあるといわれていたが、価格はそれ以上に大きな格差があった。これでは「Windows」がキャッチアップしてくる余地を与えるのではないか――。

 「日本市場では、日本のマネージャーに価格決定権を与えるべきではないか」

 取材では、「Macintosh」の価格決定者であるスカリーに直接そうした疑問を投げかけた。スカリーは、「興味深い意見だ」としながらも、アップルの高単価・高収益戦略は揺るぎないと否定した。「私の本を読め」(リードマイブック)と。

 その時期に『スカリー 世界を動かす経営哲学』(早川書房)という本が売り出されていた。「砂糖水を売り続けたいのか、私と共に世界を変えたいのか」。スカリーは、ジョブズにそう説得されて、ペプシコーラからアップルに移った、と。「ジョブズに引き抜かれ、ジョブズを追いやった男」「マーケティングの天才」というのがその本の触れ込みだった。

■「良いモノを高く」スティーブ・ジョブズの系譜

 スカリーとしたら、自分はCEOであり高収益を上げるのが究極の使命にほかならない。自社の技術、製品、市場での人気、競合他社の製品との人気・性能など差異の与件から許されるなら「良いモノを高く」のは当然の戦略になる。(高単価策のどこが悪いのだ。そうしなければCEOとしては背任ものだ)と。

 ジョブズは「BMWは高いが喜んで買っている」という事例を語っている。「車は移動するということでは同じ。でも多くの人がBMWに高いおカネを払っている」と。ジョブズにとっては「Macintosh」を高くても喜んで買っていくモノ(パソコン)に仕上げていくことが使命ということになる。ジョブズは「Macintosh」が全てであり、製品の性能アップなど目指しているものはスカリーのそれとはおそらく違っていた。

 ちなみに強烈な上昇志向を持っているスカリーVS「テクノロジーオタク」といえるジョブズが社内で権力闘争をしたら、十中八九でジョブズは分が悪いに違いないというイメージがある。雑ぱく矮小な印象批評の極致で恐縮だがそれは率直な思いだ。

 1997年にジョブズはアップルにCEOとして復帰を遂げた。ジョブズは「iPod」、さらには「iPhone」などの大ヒットをもたらし、アップルを現代テクノロジーの巨大企業に仕上げている。いまのアップルの「良いモノを高く」は、スカリーのそれではなくジョブズの系譜にあるようにみえる。(経済ジャーナリスト・文中敬称略)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

関連記事


手軽に読めるアナリストレポート
手軽に読めるアナリストレポート

最新記事

カテゴリー別記事情報

ピックアップ記事

  1. ■グローバルモデルに匹敵する日本語対応の高性能生成AIを4月から順次提供  ELYZAとKDDI<…
  2. ■優勝への軌跡と名将の言葉  学研ホールディングス<9470>(東証プライム)は3月14日、阪神タ…
  3. ■新たな映画プロジェクトを発表  任天堂は3月10日、イルミネーション(本社:米国カリフォルニア州…
2024年4月
1234567
891011121314
15161718192021
22232425262728
2930  

ピックアップ記事

  1. ■金先物と原油価格、史上最高値に迫る―地政学リスクが市場に与える影響  今週のコラムは、異例中の異…
  2. ■「虎」と「狼」の挟撃を振り切り地政学リスク関連株で「ピンチはチャンス」に再度トライ  東京市場は…
  3. ■海運株と防衛関連株、原油価格の動向に注目集まる  地政学リスクによる市場の不安定さが増す中、安全…
  4. ■中東緊張と市場動向:投資家の選択は?  「遠い戦争は買い」とするのが、投資セオリーとされてきた。…

アーカイブ

「日本インタビュ新聞社」が提供する株式投資情報は投資の勧誘を目的としたものではなく、投資の参考となる情報の提供を目的としたものです。投資に関する最終的な決定はご自身の判断でなさいますようお願いいたします。
また、当社が提供する情報の正確性については万全を期しておりますが、その内容を保証するものではありません。また、予告なく削除・変更する場合があります。これらの情報に基づいて被ったいかなる損害についても、一切責任を負いかねます。
ページ上部へ戻る