【作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術】三国志の悪役・曹操が挑んだ「大失業時代」

作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術

■押し寄せる「消える職業」の恐怖

 車の自動走行をアピールする某有名歌手の”手ぶら運転CM”が話題である。もはや人の運転さえいらないGoogleの自動運転カーの実用化もそう遠くない未来であろう。テクノロジー、とりわけ人工知能(AI)技術の進展は目を見張るものがある。大手証券会社では、膨大な経済データをAIに学習させ、日銀の政策決定や経済動向を予測する動きも出てきている。もしかしたら金融政策の決定自体もAIが行う日が来るのかもしれない。

 AIやロボット技術の進展とともに、気になるのが「消える職業」の問題である。車のドライバー、銀行の融資担当者、野球の審判、薄記・会計の事務員……オックスフォード大学・AI研究者のマイケル・A・オズボーン博士は、今後10~20年程度で、米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高い、としている(『雇用の未来』)。

 もちろん新しく創出される職業もあるだろうが……では30年、50年先はどうか。現状では大半の職業がAI、ロボットに取って代わられるイメージが先行しているようだ。

■三国時代に大陸を南下した失業者の群れ!

 さて今回は蜀の劉備・魏の曹操・呉の孫権が知られる『三国志』の話である。実は三国時代(220~280)は、中国史上まれに見る”大失業時代”でもあった。原因の一つはもちろん戦乱だが、大きな要因として挙げられるのは中国北部の異常気象、すなわち寒冷化であり、これに伴い食糧危機も深刻化したのである。

 三国志(正史)には建安9年(204)に黄河が凍結したという記事がある。漢代まで黄河の凍結記録は皆無である。また詩人でもある曹操の詩『土不同』(どおなじからず)には「郷土同じからず、黄河北方は(南方に比べて)寒さが厳しい」という文句がある。

 当時の中国北方には匈奴ら遊牧民族があったが、牧草が育たず家畜が次々に凍死・餓死したため、南下の動きが活発化した。穀物や絹を生活手段としていた人々も寒冷化で仕事が成り立たなくなった。夥しい難民が発生したのもこの時代の大きな特徴だ。さらに戦乱、疫病、飢餓が追い打ちをかけたのである。この時代、北方から数10万~100万単位の民が流出したという見解もある(『中国の歴史』金文京)。

 結果として何が起こったか、近年の研究で注目されているのは人口の大激減である。後漢末(157)の戸籍登録人口約5600万人に対し、三国時代の戸籍登録人口は魏が約443万人(263)、蜀が94万人(同)、呉が230万人(280)と計767万人まで急減している。この数字には難民はカウントされていないだろうが、想像を絶する減少だったことは間違いない。

 失業と人口減、そして大量の難民――何か思い当たることはないだろうか。

■大混乱の時代に曹操が行った成長戦略とは?

 そんな時代に曹操が実施したのが屯田制という経済政策である。屯田とは人の集団を定住させて耕作させることだ。屯田制自体は昔からある自給自足の制度で、辺境地を防衛する兵士が軍務の合間をぬって耕作するものだった。

 だが曹操の屯田は似て非なるものだ。兵ではなく一般の民に、遠隔地でなく内地で耕作させたのだ。いわば国営の集団農場を開設したわけだ。屯田制は初年度から大当たり、100万斛(こく)(約6万トン)もの収穫で倉庫は満杯になった。味を占めた曹操は広大な領土全体で屯田制を行い、魏を財政面から支える原動力とした。

 この屯田をやっていた一般人民は様々だが、北方からの移民もかなりのウエートを占めていたと考えられる。平たくいえば、移民政策を行って生産力を高め、人口減にも対応したのである。

 見逃せないのはそれまで農業に携わったことのないような遊牧民に、「消える職業」の代替として新たな職を提示した点であろう。暗闇の時代でも優れたトップはやるべきことを見つけるのである。

 無論、現代に曹操のプランがそのまま生かせるわけではないが、大切なのは、さまざまな逆境を逆手にとるような柔軟性である。例えばAIにできない新しい仕事を探し、人材を有効に活用する。時代を作った曹操のようなクリエイティビティが事業の将来を左右することだけは間違いない。

(作家=吉田龍司、『毛利元就』(新紀元社)、『信長のM&A、黒田官兵衛のビッグデータ』(宝島社)など著書多数)

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