【作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術】「君の名は。」大ヒットの驚くべき真実とは?

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■常識を覆す大ヒット、その理由は何か

 東宝が配給しているアニメ映画『君の名は。』が凄まじいヒットとなっている。
 興行収入は10月16日時点で150億円を突破したが、邦画で150億円超のヒットは2008年の公開『崖の上のポニョ』(155億円)以来のこと。洋画を含めると既に2009年公開の『アバター』(156億円)も射程圏に入っている。つれて東宝も過去最高益見通しを発表し、株価も堅調な動きが続いている。
 歴代興行収入ランキングベストスリーは、1位『千と千尋の神隠し』(304億円、2001年)、2位『タイタニック』(272億円、1997年)、3位『アナと雪の女王』(259億円、2014年)となっているが、これからの関心は、200億円超えがあるか、ベストスリーの牙城を崩せるか、といったところになるだろう。

 私も先日観賞したが、素晴らしい作品だった。しかし、これほどのヒットになった理由はさっぱりわからなかった。各種メディアではやれSNSによる口コミが背景にあるだの、ヒット要素を集めたストーリーがウケただの、さまざまな理由付けが行われているが、納得できる論評は皆無である。そんな後講釈が理由なら、映画人は苦労はしない。
 先日とある邦画のプロデューサーに話を聞いたが、この業界は何が当たるかわからないし、ヒットの方程式もないに等しいと述懐していた。だからこの世界は面白いのだろう。

 例えば『千と千尋』なら宮崎ジブリアニメの集大成であったこと、『タイタニック』や『アナ雪』ならディズニー、ハリウッドという巨大資本の力などに少しは理由を求められるだろう。
 ところが『君の名は。』にはそうしたブランド力は皆無なのである。
 同作の新海誠監督の前作『言の葉の庭』の興収は1億5000万円(推定)であり、世間一般では正直まったくの無名、アニメファンの認識にしてみても、数ある若手監督のワンオブゼムにすぎなかったのである。

■「異邦人」が業界に革命を起こした

 マーケティングの面から少し、見逃せないポイントを挙げておきたい。
 まずこの映画のターゲット層が若年層だったことに素直に驚くべきであろう。しかも少なからずリピーターがいるのである。
 この世代は少子化、非正規雇用者の増加、将来への不安といった世情を映し、消費に消極的な世代という評価が定着している。ティーンズならスマホ維持費の負担も大きく、財布の紐は固いといわれる。例えば30歳未満の単身勤労者世帯の可処分所得はバブル期より増加傾向にあるものの、消費はバブル期より減少している(2014年・対1989年男性実質△9.3%、女性同△5.4%)という研究(ニッセイ基礎研究所調べ)もある。
 にもかかわらず、彼らがメガヒットをけん引した事実は何を意味するか。どんなに苦しくても本当に消費したいものにはカネを遣う。企業はこの当たり前の事実を噛みしめるべきであろう。

 次に注目したいのは新海監督の出身母体だ。これまで日本のアニメ業界をリードしてきた才能はすべて同業界出身者に限られていた、宮崎駿・高畑勲(東映動画)、富野由悠季(虫プロ)、押井守(タツノコプロ)、細田守(東映アニメ)……すべてアニメ畑から生まれ、業界を繁栄させてきた。
 ところが新海監督はもともとゲーム業界(日本ファルコム)出身であり、パッケージ制作や広告宣伝に携わっていた。その後、アニメ制作に携わり、アダルトゲームのオープニングアニメなどで才能の片鱗を発揮し、一部で高い評価を集めていた。誤解のないように言っておきたいが、いわゆるアダルトゲームに対する偏見はよろしくない。この分野から芽を出した才能は大ヒットアニメ『魔法少女まどか☆マギカ』の構成・脚本をした虚淵玄もよく知られている。

 新海監督は2002年に初の劇場アニメ『ほしのこえ』を制作し、数々の賞を受賞して評価を高め、アニメ映画監督としての基盤を固めた。商業的成功にはなかなか恵まれなかったが、今回ついに大ブレイクの日を迎えたのである。
 つまり他分野、異業種からの才能が、初めて天下を取ったのだ。これは歴史的瞬間だろう。
 優れた才能に業種の垣根は関係ない。コンテンツ産業のボーダーレス化はますます加速していくことだろう。

■証券マンから美術界に参入した天才画家

 美術史で異形の天才として有名なのが、フランス後期印象派の画家であるポール・ゴーギャン(1848~1903)である。モネ、ルノワール、ピサロのような美術学校出身ではなく、もともとは水夫であった。その後、パリの株式仲買会社に入社し、証券マンとして成功を収めた。かなりの高年収だったので美術品にも手を出し、そこでピサロら多くの画家と知り合って35歳にして株屋から画家へ転身したのである。
 なおこの時期にパリ証券取引所が大暴落してフランスは恐慌に突入している。これでゴーギャンは証券界に見切りをつけたわけである。
 その後は困窮の生活を続けたが、各地を漂泊し、ゴッホとの共同生活を経て才能を開花させ、晩年はタヒチ島で暮した。

 ゴーギャンの代表作は光り輝く強烈な色彩の『タヒチの女たち』、人間の悲哀がにじみ出た『我々はどこから来たのか 我々は何者か 我々はどこに行くのか』などである。証券マンとしての栄光と転落の経験は、何がしか彼の作風に影響を与えている気がする。才能とは色々な場所で眠っているのだ。

(参考資料:「若年層の消費実態」ニッセイ基礎研究所 久我尚子)
(作家=吉田龍司 『毛利元就』、『戦国城事典』(新紀元社)、『信長のM&A、黒田官兵衛のビッグデータ』(宝島社)、「今日からいっぱし!経済通」(日本経営協会総合研究所)、「儲かる株を自分で探せる本」(講談社)など著書多数)

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