【宮田修 アナウンサー神主のため息】着物を見直す

 日本人の着物姿を見かけることは稀になってしまいました。正月や結婚式、葬式その他ごくごく改まった会合などに出席する時ぐらいでしょう。街で着物姿の人を見かけると思わず注目してしまう位です。

 私の仕事は、神主です。当然着物を常用しています。白衣に袴をまとい、足元は足袋です。50歳を過ぎてから神主になりましたので当初はどうしようもない違和感がありました。しっくりしないのです。まず動きずらいです。大股で歩こうとしてもできません。袖が邪魔になって腕を自由に動かすことができません。最初の頃の感想は、昔の人は大変だっただろうな。でもなぜこんな不自由なものを身につけていたのだろうというものでした。まあでも神主が洋服でご神前に立つわけにはいきませんから半ば我慢をして着物を着ていました。ユニホームですから仕方がないと思ったのです。

 しかし数年するうちにその考えががらりと変わりました。着物は素晴らしいと思うようになったのです。特に寒い冬にそう思うようになりました。寒さの中でお祭りをしていると列席している氏子さんたちから寒くありませんかと頻繁に声をかけられます。神主は白を基調とした着物を身につけています。そのせいもあって寒いのではないかと思われるのでしょう。しかし不思議なことにまったくと言って良いほど寒くないのです。もちろん長袖の下着はつけていますが、それだけです。袖口や胸元、裾から冷たい空気が入ってきて寒いのではないかと氏子さんは心配してくれるのですが、そうではありません。なぜ着物は寒くないのかを考えてみました。洋服に比べてゆったりとしています。ゆったりしているが故にそこに暖かい空気が溜まり、寒さを感じにくいのではないかと気がつきました。

 鎌倉時代末期の歌人、吉田兼好の徒然草にこんなことが書かれています。「家の作りやうは、夏をむねとすべし。冬はいかなる所にも住まる。暑きころ、わろき住居は堪へがたき事なり。」つまり家は夏の暑さのことを考えて作りなさいと兼好法師は言っています。これをはじめて読んだときに私は違和感を覚えました。というのは夏の暑さは我慢をすれば何とかなりますが、冬の寒さは命に関わることもあります。したがって住まいは冬を暖かく過ごせるようにすべきではないかと思ったからです。しかし彼はそうではないといっています。確かにクーラーも扇風機もない時代に暑さは耐えられなかったのでしょう。団扇くらいではとても我慢できなかったのかも知れません。しかし冬の寒さだって耐え難いです。

 こう考えていくうちにふとそうだ当時の人は着物を着ていたのだと考えつきました。そうなのです。着物はそれ自体がとても暖かいのです。そんなことないお前の言っていることは信じられないとおっしゃる方はどうぞ一度試してみてください。着物の素晴らしさを実感することができます。それなら夏の着物は涼しいのかと問われそうですが、これは違います。夏は何も身につけていなくても暑いです。これは着物も洋服もまったく同じです。ですから兼好法師は「夏を優先しなさい。」と言っているのです。

 私は、築100年以上の古民家に住んでいます。この古民家確かに夏は涼しいです。夏の暑さに備えたつくりになっています。兼好法師の忠告を守っているのです。この古民家なら着物を着て過ごす冬は快適なのでしょう。こんなところにもわが先人たちの知恵の素晴らしさを私は感じるのです。もう一度見直してみてはいかがですか。(宮田修=元NHKアナウンサー、現在は千葉県長南町の宮司)

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