【小倉正男の経済コラム】ウクライナ侵攻、プーチン大統領は大誤算の果て「ドンバス決戦」

小倉正男の経済コラム

■ロシアはキーウ(キエフ)は断念、東部ドンバスに集中

 ロシアのプーチン大統領は、「(停戦、首脳会談について)まだ機は熟していない」と発言している。イタリアのドラギ首相は、ウクライナ侵攻について速やかな停戦とウクライナ・ゼレンスキー大統領との首脳会談を働きかけた。しかし、プーチン大統領は「停戦のための条件はまだ熟していない」と否定している。(3月31日・電話会談)

 その前日の3月30日ロシア国防省は、「キーウ、チェルニヒウの部隊を再編成してウクライナ東部ドンバス地方を解放する作戦に集中する」と発表している。平然と虚偽情報を流すロシアだが、東部のドンバス地方すなわちドネツク、ルハンシク(ルガンスク)に戦力を集中するとしている。

 首都キーウを陥落させるというロシアの当初の戦略目標は断念・放棄した格好といえる。プーチン大統領としては手酷い大誤算だが、ドンバス地方に集中して侵攻を再編・巻き返すのが狙いとみられる。“停戦の機が熟すのはその後”というのがプーチン大統領の計算になる。ただし、キーウのゼレンスキー大統領がドンバス地方に兵力を集中させないためにロシアはキーウを再度狙うという構えだけは残している。大枠そうした構図にみえる。

■亡命政府を打診したバイデン大統領にも誤算

 プーチン大統領は、短期間にキーウを手始めにウクライナの主要都市の大半を制圧できると踏んでいたに違いない。一方、バイデン大統領の米国、NATO(北大西洋条約機構)は、ロシアの侵攻と同時に早々とゼレンスキー大統領に「キーウを脱出して亡命政府樹立」を検討・打診していた。

 バイデン大統領などウクライナは亡命政府樹立でとりあえず区切りを付けて、懸案である米国内の高インフレ対策に専念するスケジュールを想定していたとみられる。しかし、ウクライナのゼレンスキー大統領はキーウをまったく離れることなく、それどころかロシア軍をキーウ州全域から押し戻した。良い誤算だったというべきなのだろうが、バイデン大統領にも間違いなく誤算をもたらしている。

 亡命政府を打診したバイデン大統領の米国、それにNATOも見通しを誤ったことになる。だが、プーチン大統領としたらこれは究極の赤恥ものの大誤算になる。結局、ウクライナの主要都市は何ひとつ落とせていない。それを認めては“退場”、下手をしたら“失脚”に追い込まれる。そこで戦略を再編して立て直し、東部ドンバス地方に戦力を集中するというわけである。だが問題はドンバス地方にその価値はあるか。

■ドンバス地方は旧ソ連がつくった一大工業地帯

 ところでそのドンバスだが17世紀後半にコサックが定住するまで無人の荒野が広がっていた地域である。19世紀後半に世界有数の大炭田が発見され、採炭、冶金など工業が開始されている。遅ればせながら西欧を発火点とする「産業革命」の地となり、工業地帯に変貌していった。

 旧ソ連時代の1928年、スターリンは第一次五カ年計画を開始する。第一次五カ年計画は極端に偏重した重工業化を目指すものだが、ウクライナが濃密に関係している。ひとつは「飢餓輸出」=「人工飢饉」(ホロモドール)である。ウクライナは小麦など穀物の一大産地だが、スターリンはウクライナから穀物を奪い取って、過酷にも外貨稼ぎで輸出に廻した。穀物を取り上げられたウクライナの人々は飢餓に襲われ、飢えで数百万人が死亡したといわれる。

 スターリンは穀物輸出で稼いだ外貨で重工業化のための重機械、機械設備などを購入し、それをドンバス地方に注入した。ドンバスは冶金、鉄鋼、銑鉄、重機械、化学、セメントなど旧ソ連で並ぶものがない一大工業地帯にさらに変貌した。ドンバス地方は、スターリンが第一次五カ年計画で目標にした重工業=軍需産業につながる地域になっていったわけである。

■プーチン大統領はドンバスで勝者を装うつもりか

 プーチン大統領の「世界観」からいうと、ドンバス地方に戦力を集中して侵攻をさらに激化する価値は十分あるということになる。“停戦、首脳会談はその後”でということになり、プーチン大統領の勝手な都合でいまは「時期尚早」という理屈になる。

 帝政ロシアのエカテリーナ2世(クリミア半島はクリミア・ハン国が領有していたがモンゴル族を排除して奪取)、そして旧ソ連のスターリンの二人はロシア領土を拡大した、というのがプーチン大統領の「世界観」である。

 2014年の電撃的なクリミア半島実効支配に続いてスターリンが関係したドンバス地方奪取を実現すれば、プーチン大統領の「世界観」では格好が付くことになる。しかも、石油、天然ガスに偏在しているロシア経済にドンバス地方という工業地帯を奪取して加えれば価値は大きい。それがプーチン大統領の「世界観」である。プーチン大統領としては、最低限でも自分が始めた侵略戦争で「勝った」、あるいは「意義があった」と勝者を装う必要に迫られている。そうした自分勝手な都合で停戦、首脳会談の実現を意図的に先送りしている。

 だが、これまでの手酷い大誤算からドンバスでの戦争で再編したロシアが優勢を保てるかどうかは分からない。勢いなどからみればキーウに続いて、ドンバスでもロシアが押し戻される可能性がないとはいえない。大誤算の果てにプーチン大統領は「ドンバス決戦」で巻き返すという計算に賭けるということになる。しかし、夢想めいた身勝手な「世界観」を振り回して自滅、ないし破滅に向かっているようにしかみえない。

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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