2009年08月07日
エコカー減税と自動車産業の行方

■エコカー減税や補助金制度で自動車販売に底入れの兆し

 エコカー減税や補助金制度の効果で、国内の自動車販売に底入れの兆しが見え始めている。自動車大手各社の業績も、在庫調整の進展や緊急のコスト削減策の効果などで、想定以上に改善している模様だ。しかし、需要の先食いという見方も多く、販売動向には不透明感も強い。また中期的に見れば、グローバル市場の構造的変化への対応など、戦略の重要性が一段と高まっている。

 日本自動車販売協会連合会(自販連)によると、2009年6月の国内新車販売台数(軽自動車を除く登録車)は前年同月比13・5%減の約24・3万台だった。前年同月比での減少は11ヶ月連続だが、月別の減少率を見ると、3月の同31・5%減、4月の同28・6%減に対して、5月は同19・4%減、6月は同13・5%減となり、減少率は徐々に縮小している。さらに7月の販売台数(8月3日発表予定)は前年同月並みに回復している模様で、自動車販売の底入れ感を強めている。
 国内の自動車販売が底入れ感を強めている背景には、4月から始まったエコカー減税(環境性能に優れた新車の取得税と重量税を減免)、6月から始まった環境車の購入を促進する補助金制度(新車登録から13年を超えた古い車を廃車にして買い替える場合25万円、新車購入だけの場合10万円の補助金)がある。こうした政府の支援策が浸透して、消費者の買い替え需要を喚起し、新車(登録車)の販売を下支えていると考えられる。
 特に、ホンダ<7267>が2月に発売したハイブリッド自動車「インサイト」や、トヨタ自動車<7203>が5月に発売したハイブリッド自動車「プリウス」の新型車など、エコカー減税や補助金制度の恩恵が大きいハイブリッド自動車が人気を集めているようだ。トヨタ自動車<7203>は、新型「プリウス」の受注が想定以上に膨らんでいるため、7月23日以降の受注分については、補助金制度の期限(2010年3月末)までに納車が間に合わないと発表している。
 しかし、ハイブリッド自動車の人気が高まっている一方で、エコカー減税や補助金制度の恩恵が小さい従来車種や軽自動車については、苦戦が続いている模様だ。全国軽自動車協会連合会(全軽自協)の統計によると、2009年6月の軽自動車販売台数は前年同月比16・2%減の約13・9万台だった。3月の同13・8%減、4月の同13・4%減に対して、5月が同18・4%減、6月が同16・2%減と低迷し、7月も苦戦が続いている模様だ。燃費の良さなどで、登録車に比べれば落ち込み幅が小さいと言われてきたが、エコカー減税や補助金制度の実施を契機に、登録車に需要を食われた形となっている。
 欧州市場でも、6月の新車販売台数(乗用車、主要18ヶ国)が前年同月比4・6%増と1年2ヶ月ぶりに増加に転じた。独、仏、英などで、所有車を廃車にして新車に買い替える際に補助金を給付する制度(スクラップインセンティブ)が奏功し、制度の恩恵が大きい小型車メーカーを中心として、新車販売の底入れ感を強めている模様だ。
 しかし日本市場、欧州市場ともに、足元の底入れの兆しは需要の先食いだという見方も多い。日本では、補助金制度を受けられるのは2010年3月末までのため、2010年4月以降の販売動向には不透明感が強い。また販売台数が増加に転じても、水準は低いだろう。さらに、人気のハイブリッド自動車など、エコカー減税や補助金制度の対象車種に売れ筋が集中する傾向が鮮明になれば、対象車種の有無により、メーカー間の収益格差につながる可能性も高まるだろう。

 

自動車大手の業績は想定以上に改善

  自動車大手各社の業績も、在庫調整の進展や緊急のコスト削減策の効果で想定以上に改善し、底入れ感が鮮明になってきた。株式市場でも、ポジティブサプライズと好感されたようだ。ただし、業績が想定以上に改善した主因は、緊急のコスト削減策の効果であり、業績の本格回復には販売台数の増加が欠かせない。

 7月31日までに2009年4〜6月期決算を発表した4社の業績概要を見ると、前年同期(2008年4〜6月期)との比較では大幅減収減益だが、前四半期(2009年1〜3月期)との比較では損益の改善が目立っている。在庫調整が進んで生産台数が増加し、緊急のコスト削減策が寄与して、損益が想定以上に改善した。また、国内外でエコカー減税など政府の支援策が需要を下支えたことや、3月末に比べて為替が円安水準だったことも損益改善に寄与した模様だ。

 日産自動車<7201>の営業損益は116億円の利益、最終損益は165億円の赤字だった。1〜3月期との比較で見れば営業損益は2419億円、最終損益は2603億円改善した。在庫調整の進展などで生産台数が増加したうえに、労務費削減など緊急のコスト削減策の効果が寄与した。中国やインドで販売台数が増加したことも寄与した模様だ。2010年3月期通期の業績予想は据え置いた。
 ホンダ<7267>(米国会計基準)は営業損益が251億円の利益、最終損益が75億円の利益だった。1〜3月期との比較で見れば営業損益は3081億円、最終損益は1936億円改善した。販管費の圧縮など緊急のコスト削減策の効果が約2000億円に達した模様である。為替が円安水準だったことも約200億円の増益要因だった。販売面では、2月に発売したハイブリッド自動車「インサイト」が好調で、国内販売が想定を上振れた模様だ。またアジアの二輪車も堅調だった。2010年3月期通期の業績予想も上方修正した。ただし、北米向け販売台数の計画は下方修正している。
 マツダ<7261>の営業損益は280億円の赤字、最終損益は215億円の赤字だった。1〜3月期との比較で見れば営業損益は369億円、最終損益は789億円改善(赤字幅が縮小)した。在庫調整の進展などで生産台数が増加し、緊急のコスト削減策の効果、特別損失の減少などが寄与した。販売面では、中国市場で過去最高の4・1万台を販売した。国内では6月に発売した新型車「アクセラ」が好調な模様だ。2010年3月期通期の業績予想は据え置いた。
 三菱自動車<7211>は営業損益が296億円の赤字、最終損益が264億円の赤字だった。1〜3月期との比較で見れば営業損益は136億円悪化(赤字幅が拡大)したが、最終損益は特別損失の減少などが寄与して、236億円改善(赤字幅が縮小)した。2010年3月期通期業績予想は据え置いた。
 国内乗用車8社の6月の国内生産・販売、輸出、海外生産実績(速報値)を見ても、生産台数が底入れの兆しを見せている。8社合計の国内生産台数は前年同月比で32・5%減少したが、スズキ<7269>富士重工業<7270>を除く6社の減少率が、5月に比べて縮小した。さらに8社合計の海外生産台数も前年同月比で14・1%減少したが、ダイハツ工業<7262>スズキ<7269>を除く6社の減少率が、5月に比べて縮小した。国内外での在庫調整の進展や、エコカー減税などの支援策が寄与している模様だ。しかし先進国市場での販売状況は依然として厳しく、エコカー減税など支援策の対象車種の品揃えによっても明暗が分かれつつある。先行きにも不透明感が強いだけに、業績の本格回復には、新興国市場での戦略が重要になりそうだ。

グローバル市場の主役が交代

 日米欧の先進国市場が需要低迷で苦戦する一方で、中国の自動車市場は好調だ。中期的に見れば、先進国市場から新興国市場への主役交代、エコカーの普及本格化という、グローバル市場の構造的変化への対応が重要な課題となるだろう。世界の自動車業界の勢力図が塗り替わる可能性も指摘されており、戦略の重要性が一段と高まっている。

 中国の2009年上半期(1〜6月)の新車販売台数(商用車を含む)は前年同期比17・7%増の609万台となり、米国を抜いて世界最大の自動車市場となった。09年1月の小型車減税(排気量1600CC以下の小型車の取得税率を5%に半減)や、3月の農村部を対象として自動車への買い替え時に購入代金の10%を補助する「汽車下郷」制度が実施され、小型車を中心に新車販売を押し上げた模様だ。業界団体の中国汽車工業協会は、09年の新車販売台数の見通しを、従来の1020万台(2008年比9%増)から1100万台(同17%増)超に上方修正した。
 さらに、BRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)4ヶ国で見ても、2009年1〜6月の合計新車販売台数が前年同期比2%増の931万台となり、日本と米国の合計(同31%減の699万台)を逆転した。ロシアは不振だが、世界最大市場に成長した中国が牽引した。インドでも1〜6月の乗用車販売台数が同2・6%増と堅調だった。政府が排気量1200CC以下の小型車の物品税率を引き下げたことも寄与したようだ。
 中国の自動車市場は従来、一部の富裕層向けの高級セダンなどが成長の牽引役だった。しかし所得水準の向上などを背景として、市場成長の牽引役が、中間所得層向けの小型車にシフトしている。政府の景気刺激策も、内陸部で低価格小型車の需要を押し上げる要因となっている。日本の自動車大手各社は、中国での事業拡大に向けて積極投資を行ってきたが、市場シェアはいずれも5%程度にとどまり、今回の市場拡大局面でも各社の戦略の違いが明暗を分けた形となっている。

 トヨタ自動車<7203>は中国での苦戦が目立っている。小型車減税の対象車種が少ないため、市場全体の流れに乗り遅れた形だ。
 ホンダ<7267>は、中国での販売台数は増加しているが、全体の伸び率には届いていない。中型車「アコード」などが主力のため、小型車の需要増加に対応しきれていない形だ。
 ダイハツ工業<7262>は、中国事業を縮小すると発表した。自社ブランド車種の販売が低迷しているため、2009年中をめどに、提携先の第一汽車のブランドでの販売に切り替える。
 一方、日産自動車<7201>は中国の合弁会社、東風日産乗用車の09年1〜6月の販売台数が前年同期比41%増加した。日本でのエコカー戦略は出遅れた感が強いが、中国市場では小型車減税の対象車種が豊富だったことが奏功した。そして、東風日産乗用車が新工場を建設(2012年稼働予定)することも発表した。2009年度末から投入する低価格の新興国市場向け専用車などを生産する計画だ。
 スズキ<7269>は、インドでの販売が堅調な模様だ。現地の次期排ガス規制に対応する小型車「リッツ(日本名スプラッシュ)」を発売するなど、現地ニーズに沿った品揃えを拡充している。
 先進国市場が低迷し、世界の自動車市場の主役が、先進国市場から新興国市場へシフトする流れとともに、市場の成長を牽引する車種も低価格小型車にシフトする。中国やインドなどの新興国市場では、中間所得層の購入が成長を牽引する構図となるためだ。インド市場でシェア3位の現地メーカーであるタタ自動車は、自主開発した超低価格小型車「ナノ」で、これまで四輪車に手が届かなかった層の開拓を狙っている。
 日本の大手自動車メーカーはこれまで、日本や米国などの先進国市場で、利幅の大きい中・大型車を拡販して収益力を高める戦略だった。しかしグローバル市場の構造的変化で、低価格小型車の品揃えと価格競争力が、新興国市場での生き残りの条件となりつつある。従来のように、先進国市場で販売する高機能・高価格機種を新興国市場に持ち込む戦略では、新興国市場の成長の流れに乗り遅れる可能性が高い。これは自動車に限らず、デジタル製品と同様の課題である。

環境対応車の開発・量産で勢力図塗り替えも

 世界的な環境意識の高まりを背景に、ハイブリッド自動車や電気自動車など環境対応車の開発、量産の動きも加速している。トヨタ自動車<7203>のハイブリッド自動車「プリウス」の新型車は、6月の車名別販売台数で、売れ筋の軽自動車を上回って第1位に躍進した。エコカー減税や補助金制度も追い風となった。政府は温暖化ガスを削減するため、2020年までに新車の半分をハイブリッド自動車など、環境対応車にする目標を打ち出している。環境対応車の価格が低下してきたことで、いよいよ本格的な普及期に入る可能性が高まっている。

 トヨタ自動車<7203>は、環境対応車としてハイブリッド自動車を中核に据える戦略を鮮明にしている。日本、米国、中国に続いて、2009年8月からはタイ工場、2010年半ばからは英国工場でも生産を開始し、世界4極生産体制を構築する。また、マツダ<7261>富士重工業<7270>への基幹装置の供給も検討している模様だ。自社のハイブリッド基幹装置の外販も手掛けることで、量産効果によるコストダウンを進め、価格競争力を高める戦略だ。さらに、家庭用コンセントで充電できるプラグインハイブリッド自動車や、近距離用電気自動車の開発も進め、早期の量産化を目指している。
 ホンダ<7267>も、2009年2月に発売したハイブリッド自動車「インサイト」が好調なため、2010年には搭載車種を拡充する計画だ。
 価格が低下して本格的な普及期を迎えたハイブリッド自動車は、環境対応車の本命として存在感を高めている。欧州のメーカーも、ガソリン車に比べて二酸化炭素(CO2)排出量が少ないディーゼルエンジン車を中心に環境戦略を進めていたが、2010年以降、相次いでハイブリッド自動車を市場投入する計画だ。
 一方、電気自動車は走行時のCO2排出量がゼロで、ハイブリッド自動車に続く環境対応車として注目度は高い。これまでは、充電スタンドなどインフラ整備の問題に加えて、自動車メーカーにとって心臓部分となるエンジンが不要になることで、量産化に消極的だったと言われているが、ハイブリッド自動車で出遅れたメーカーが本格量産に動き出している。
 国内では7月、三菱自動車<7211>が電気自動車「アイ・ミーブ」を、富士重工業<7270>が電気自動車「プラグインステラ」を発売した。ともに高性能リチウムイオン電池を搭載し、充電1回当たりの長距離走行を可能にした。2009年度は法人向けが中心だが、三菱自動車<7211>の「アイ・ミーブ」は家庭用電源での充電も可能で、2010年度は個人向けにも販売を開始し、国内で5000台を販売する計画だ。電気自動車の量販タイプとしては「世界初」の位置付けとなる。
 日産自動車<7201>は電気自動車を本命に位置付ける戦略で、2010年に電気自動車の新型車「LEAF」を日米で発売する。当初は国内で年産5万台規模生産し、英国とポルトガルで電気自動車用の電池工場を建設するなど世界展開を加速して、2012年以降に世界で年産50万台規模を目指している。ただし国内ではハイブリッド自動車が人気を集めているため、トヨタ自動車<7203>から供給を受けている装置を独自開発に戦略転換して、ハイブリッド自動車も発売する模様だ。
 マツダ<7261>が、トヨタ自動車<7203>からハイブリッド自動車の基幹装置の供給を受ける模様と報道されるなど、ハイブリッド自動車や電気自動車が本格的な普及期を迎える中で、技術面・資金面で余力のないメーカーが、先行した大手メーカーから技術や装置の供給を受けるなど、提携が広がる可能性も高い。また電気自動車の分野では、電機メーカーなど異業種からの参入のチャンスも生まれる。中国では電池メーカーのBYDが電気自動車を市場投入する計画を表明している。
 米ビッグスリーの凋落、先進国市場から新興国市場への主役交代、環境対応車の普及本格化など、グローバルな自動車市場の構造的変化が始まっている。そして、環境技術の開発や量産化を巡る提携関係を含めて、世界の自動車業界の勢力図が塗り替わる可能性も高まっている。日本のメーカーにとっても、横並びの戦略では生き残りは難しいだろう。