【小倉正男の経済コラム】米国金融異変 パウエルFRB議長の「戸惑い」

■預金流失、「取り付け」が銀行破綻の原因

 米国の金融システムに異変が生じている。短期間のうちに中堅3銀行の破綻が相次いでいる。どこからみても尋常な状態とはいえない。

 「金融システムは健全で強靱だ。預金者は保護される」(バイデン大統領)。金融当局も、「金融異変」については否定している。しかし、専門筋の多くはそれほど楽観的ではない。さらなる銀行の破綻めいた動きが発生してもおかしくないといった見方は一掃されていない。

 最初の銀行破綻は、3月10日のシリコンバレーバンク(SVB)である。シリコンバレーバンクは、顧客がスタートアップ企業であり、預金を米国債、不動産関連のモゲージ証券など債権で運用していた。しかし、金利上昇から既存の債権価格が下落し含み損を抱えた。財務脆弱という懸念から、大量の預金流失が起こった。破綻にいたったのは、預金の流失であり、いわばスマホを使った「取り付け」=預金移動で破綻している。

■利上げによる債権含み損が破綻誘因

 シリコンバレーの顧客は、個人ではなくスタートアップ企業である。銀行が破綻した場合、預金は1口座当たり25万ドル(約3400万円)まで保護される。しかし、シリコンバレーバンクの預金者はスタートアップ企業であり、預金の大半は預金保護の対象外だった。預金流失にストップはかからなかった。

 財務省は、シリコンバレー破綻後に預金全額保護を打ち出したが、それでも中堅銀行の預金流失は止まらない。5月1日にはファーストリパブリックバンク(FRC)が破綻した。ファーストリパブリックも金利上昇により米国債など債権で含み損が発生していた。それだけでは破綻にはいたらないが、やはり預金流失が致命傷となった。

 ファーストリパブリックは富裕層向け銀行であり、皮肉なことにそれが預金流失の原因となっている。ファーストリパブリックもシリコンバレーと同様に1口座当たりの25万ドルの預金保護の対象外の大口預金が圧倒的に多かった。預金流失、「取り付け」に襲われると銀行はどうにもならない。

 預金は全額保護のはずだが、肝心の預金保険基金残高がいずれ枯渇すると見透かされている。「取り付け」の背景にはそうした不安があるとみられる。結局のところ、人間がつくる制度は金融システムにおいても、「盲点」「欠陥」を埋め切れない。最大手であるJPモルガン・チェースがファーストリパブリックの預金と資産を引き継ぐ救済策で沈静化を図る結末になっている。

■パウエル議長の「後悔」よりも「戸惑い」逡巡が心配

 2000年代初頭の日本、「金融恐慌」といってよいと思われるが、大手銀行も破綻危機を迎えていた。不動産バブル崩壊で不良債権を大量に抱えた大銀行はかなり危ない状態にあった。その時に財界人との会合などで「タンス預金」が話題になったことがある。ある製造業の長老経営者(会長)が、電力、ガスなどの経営者(会長)に「君はタンス預金をしているようだね」と揶揄する発言をした。お互い笑ってごまかすような気まずい雰囲気だったが、確かに富裕層は銀行破綻には相当に敏感である。

 米連邦準備理事会(FRB)のパウエル議長は、相次ぐ銀行破綻について「我々が間違いを犯したことは十分に認識している」と発言している(5月4日・連邦公開市場委員会=FOMC後の記者会見)。それでも0.25%利上げは実施し、政策金利を5.00~5.25にすることを決定した。パウエル議長は、利上げはこれで打ち止めと示唆したとみられているが、3月消費者物価5.0%のインフレは高止まり状態にある。

 インフレ、そして金融異変による景気後退という二正面の敵を抱えてしまったパウエル議長は戸惑っている節がある。インフレ叩きに走れば金融異変が再燃しかねない。金融不安の緩和に向かえばインフレ解消は棚上げせざるをえない。

 二正面の敵と戦うのは得策とはいえない。どちら付かずになり大きな敗北につながる。当面どちらかの敵と嫌でも妥協を選ぶとすれば、インフレのほうになる。しかし、パウエル議長は立ち止まって考えるのではなく、利上げを行う趨勢に従った感がある。

 パウエル議長は、記者会見でシナトラの「マイウェイ」の一節を持ち出して「後悔は少しある」(Regrets、I‘ve had a few)と発言している。実際のところ後悔は少しではないかもしれないが、現職のパウエル議長が過去を振り返って心境を語るのはやや早すぎる。「後悔」よりもいま直面しているパウエル議長の「戸惑い」、逡巡のほうが世界経済の先行きの深刻さを示しているようにみえる。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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