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【小倉正男の経済コラム】米債務上限引き上げ 理念より実利で合意
- 2023/5/31 07:07
- コラム, 小倉正男の経済コラム
■痛み分けの決着
米国の債務上限引き上げだが、ようやく合意にいたっている。だが、その中身については明らかにされていない。メディアが伝えている合意は、25年1月まで債務上限適用を停止するという格好で上限を引き上げる。ただし、政府の歳出は抑制するというものだ。
債務の上限は引き上げる。しかし、政府予算(歳出)には上限を設ける。24年度は23年度に比べて防衛費以外はほぼ同額にする。25年度は1%の増加にとどめる。
歳出抑制では、低所得者への食糧支援の支給条件で厳格化は実施する。だが、低所得者向け医療保険「メディケイド」の利用条件については厳格化しないという決着になった模様だ。
共和党は歳出抑制を要求しているわけだが、このあたりは折衷というか痛み分けとなっている。民主党は大企業、富裕層への課税による税収増を掲げているが、共和党はまずは歳出抑制という立場である。
■理念より実利
「大きな政府」(民主党)と「小さな政府」(共和党)という理念の違いともいえる。ただ、共和党も政権を担えば「大きな政府」に変わる面が否定できない。トランプ前大統領も新型コロナ勃発に大統領選挙が重なった面があるが、国民への給付金、失業給付金で“大盤振る舞い”を行っている。
今回のケースは来24年には大統領選挙が控えている。共和党候補が大統領になる可能性がないとはいえない。共和党が政権を執ったら、24年度、25年度に過剰に歳出削減のタガをはめれば、自らを縛る行為になりかねない。そのあたりも考慮して決着はやや穏便な歳出抑制にとどめたようにみえないでもない。理念より実利(プラグマティズム)、日本でいう花より団子ということになる。
バイデン大統領とマッカーシー下院議長の債務上限引き上げ合意は、議会の承認を受けなければならない。議会では、歳出削減に反対する民主党左派と歳出削減を主張する共和党右派の戦いが先鋭化する。バイデン大統領とマッカーシー下院議長はそれぞれ自らの党の強硬派を説得しなければならない。
■米国はあくまで個人にバラまく
米国の政府債務残高のGDP(国内総生産)比は、新型コロナ禍で膨張して100%を超えている。現状は120%を少し超えた状況にある。日本はこの点では世界断トツで、政府債務残高のGDP比は260%に達する水準となっている。
日本に比べれば、米国の債務はデフォルト(債務不履行)どころか、問題にならないほど余裕がある。日本に続く第2位はギリシャで180%内外、ちなみに中国は80%内外とみられる。(念のため申し添えるが、断トツ、第2位というのはワーストの順位である。)
デモクラシーなのだからというべきか、政府・与党はおカネをバラまいている。米国はコロナ禍に際して、国民への給付金、失業給付金など個人給付金を中心に景気対策を行っている。バイデン大統領もトランプ前大統領に負けずに“大盤振る舞い“に躊躇しなかった。業界に対する補助金は、エアラインなど一部運輸業界に限定したものだった。それは米国のやり方にほかならない。
ただ、いまは「米中対立」の深化から半導体企業が米国で設備投資する場合に補助金を振り向ける優遇策を実行している。補助金受給企業は、中国での半導体工場の新増設が制限されている。米国に先端半導体技術が集積し、中国に先端半導体技術が向かうのを阻止するためだ。あくまで「安全保障」あるいは「経済安全保障」の特例としての企業・業界向け補助金ということである。
■日本は企業・業界にバラまく、もたらされる風土・文化は
日本は企業・業界を中心に補助金をバラまいている。雇用調整助成金(厚労省)などが典型だが、企業にバラまいて事後に社員(個人)に恩恵が及ぶというやり方だ。「個人にバラまいても貯金に廻り消費に使われない」というのが旧来からの理屈である。補助金は、選挙で票になり、役人には天下り先がつくられるという見方が語られている。
企業が雇用調整助成金をゴマかすといった事件が露呈、あるいは雇用調整助成金(営業外収入)で経常利益を膨らまして増配を行う企業がみられるといった事例もないではなかった。後者については、倫理的にはグレーだが違法性はないといわれている。企業に取材すると、「(補助金など)もらえるものはしっかりもらう」と実利に屈託はない。同じバラまきでももたらされる風土・文化は何とも異なるのは間違いない。(経済ジャーナリスト)
(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)