【小倉正男の経済コラム】1ドル160円接近 追加利上げ示唆でも円安進行

■1ドル160円台突入の円安から政府・日銀が会談

 「円安」(ドル高)が再進行している。根底には米国経済の底堅さ、もっといえば強さがある。裏からいえば日本経済の弱さも反映している。現状は1ドル159円77銭、1ドル160円台突入寸前だ。4月下旬以来のドル買い・円売りの状況になっている。

 その4月だが、日本銀行・植田和男総裁は円安の進行について「基調的な物価上昇率にいまのところ大きな影響はない」と発言している(4月26日記者会見)。同時に円安が基調的な物価上昇に影響があるなら「金融政策の判断材料になる」という認識も表明した。しかし、これが円安を牽制するにはハト派寄り発言と受け止められた。直後の4月末には1ドル160円台に突入している。

 5月7日植田総裁は岸田文雄首相と会談。「(最近の円安については)日銀の政策運営上十分に注視していくことを確認させていただいた」。植田総裁は会談で為替(円安)について話があったことを認め、「政府と日銀が密接に連携を図り、政策運営に努めていく点を確認した」。その後、財務省は4月26日~5月29日に9・8兆円規模のドル売り・円買いの市場介入を行ったと公表している。

■「市場介入は稀であるべき」(イエレン財務長官)が米国の立場

 この財務省の為替市場介入については、米国に根回しが奏功した、あるいは黙認による了解の示唆を得たといったことはなかった模様だ。イエレン財務長官は、4月末に日本を名指しはしていないものの「介入は稀であることを願う」と発言。5月後半にも「介入は稀であるべきで、介入は決して日常的に用いられる手段でない」と改めて釘を刺している。

 今回の円安ドル高、仮に1ドル160円台に突入するといった場合に再度の市場介入が行われるかどうか――。イエレン財務長官の念を押すような牽制を振り切って市場介入を再び行うのか。あるいは断念するのか。相当に胆力ある判断を迫られる。そうなると、やや浮かび上がってくるのは日銀への依存度アップということになりかねない。

 日銀は、6月に国債買い入れ減額を決めたが、7月の次回金融政策決定会合でその具体的な計画を示すとしている。植田総裁は、参院財政金融委員会(6月18日)で国債買い入れ減額具体案と同時に追加利上げを行う可能性について問われている。「国債買い入れ減額と政策金利の引き上げは別のものだと考えている。次回まで入手可能な経済・物価・金融情勢に関するデータ次第だが、場合によっては政策金利が引き上げられることも十分あり得る」と答えている。慎重な姿勢に徹してきた日銀としては、相当に踏み込んだ発言である。にわかにタカ派に転換した格好だ。

■GDPは低迷、7月追加利上げは困難か

 「日銀は政府の子会社だ」。安倍晋三元首相は22年5月に日銀の国債買い入れについてそう発言している。事後、鈴木俊一財務相が「政府は日銀に55%出資しているが議決権は持っておらず、会社法の子会社の規定にはそぐわない」と否定している。日銀は金融政策の自主性(独立性)をガバナンスとして持っており、「子会社ではない」という見解である。

 岸田首相、植田総裁の暗黙知はどうなのかわからないが、日銀を子会社扱いしても「円安」傾向に歯止めをかけるのには成功していない。植田総裁の7月追加利上げ発言では、株式は大幅に下落したが、肝心の為替(円安)には影響は希薄だった。それどころか円安はじわりと進行している。

 1~3月GDP(国内総生産)は前期比0・5%減のマイナス成長、能登半島地震による地域経済打撃があったにしても個人消費、設備投資が低迷状態にある。4~6月GDPもインフレの影響が払拭されていない。大企業中心に賃上げが行われたが実質賃金は低下、消費低迷が続いている。インバウンド消費は大幅増だが埋められない。自動車認証問題も生産・販売に影響を引きずっている。7月再利上げはそれこそ経済指標次第だが、利上げにはむしろ否定的データが続出しかねない。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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