【小倉正男の経済コラム】ROE・PBR改善に苦慮 増配、自己株買い活発化の底流

■東証は「ROE・PBRの改善」を要請

 この1~2年、日本の上場企業が直面しているのが「ROE・PBRの改善」という問題だ。

 ROEは「自己資本利益率」、企業が自己資本をどれだけ効率的に活用して利益を生み出しているかという指標である。PBRは「株価純資産倍率」、企業の純資産(自己資本)との対比で株価がどのような評価を受けているかを示す指標ということになる。

 東京証券取引所は、「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を発表している(23年3月)。プライム市場、スタンダード市場に上場している全企業に対して自社株価を分析して具体的な改善策を示してほしいという“要請”を行っている。

■分厚い自己資本、ROE低下、PBR1倍割れの「壁」

 東証は、ROE8%以上を目指してほしい、それが実現できればPBR1倍割れは自然に解消される、としているフシがある。

 しかし、日本企業は一般に自己資本がきわめて分厚い。自己資本比率が60%~70%台といった企業が少なくない。そのためROE5%以下、PBR1倍割れという企業が相当数存在している。現実として上場企業の半数はそうした事態を抱えている。

 上場各企業をさっと眺めてみると、自己資本が時価総額を上回っているケースが少なくない。つまり、企業の「解散価値」のほうが高いわけだから、時価でその企業をM&Aをすればおつり(利益)が出る勘定になる。企業としても無視できない事態だが、「ROE・PBRの改善」を解消するのはそう簡単ではない。

■ROE改善、PBR1倍割れ解消は容易ではない

 企業としては、有望な新市場があれば、設備投資など先行投資を行う、あるいはM&Aでその分野に進出する。そうなれば、先行投資負担を背負うことになるから分厚い自己資本を縮減できる。しかし、そうした有望市場といったものは簡単に見つからない。

 そうなると各企業は配当を増やす、あるいは自己株買いで株主還元を拡充するぐらいしか手はない。結局のところ企業は増配、自己株買いに走り始めている。もちろん、その前に役員、従業員の報酬、給料を上げ、さらに製造業でいえば工場など設備更新・省エネ化など設備投資を実行している。

 それでも年度ごとに利益は積み上がってくる。自己資本は簡単には減らないどころか、むしろ反対に増えてしまっている。これではROEは低下することはあっても上がることはない。PBRも1倍割れが解消できない。

 いま少なくない上場企業がこの問題を抱えている。各企業の財務担当役員は、「妙策はない。簡単には解決できない。苦慮している」と語っている。問題はかなり深刻といえる。

■いま株式市場の底流で動いている自己資本縮減

 このところ総還元性向70~80%、あるいは総還元性向100%を表明する企業が現れている。その年度の利益の70~80%、さらには100%を配当、自己株買いの株主還元に廻すという企業である。

 例えば総還元性向100%というのは、賃金を上げて設備投資を行って、残った利益の全額を株主に還元する。要するに利益は会社に残さない。自己資本は増やさないというやり方だ。実験といえば実験だが、そうした企業もすでに出現している。

 「政策保有株縮減」という動きが表面化しているが、これも自己資本を減らすという行動と連動している。取引関係、提携強化、企業買収防衛など特定目的で所有しているのが政策保有株だ。純投資株ではないわけだから、本来は金庫にしっかり保管されているのが政策保有株になる。だが、この1~2年でみると政策保有株は普通に売却(縮減)が行われている。

 政策保有株も売却しただけでは、キャッシュに変わったに過ぎない。自己資本そのものは何も変わらない。企業としては、そのキャッシュを設備投資に投下し、あるいは自己株買いといった株主還元に充当する。そうしないと自己資本縮減につながらない。

 表面的には、いまは増配、自己株買いと株主還元が活発化しているようにみえる。還元増は悪いことではない。増配ラッシュのおかげで、各企業の受け取り配当金(営業外)は軒並み上昇している。しかし、先行投資がないまま自己資本縮減が進行しているという事実は否めない。もしそうなら日本株式市場でうごめいている底流のその先には何が待っているのか。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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