【小倉正男の経済コラム】政策保有株縮減「株価を意識した経営」の正論と現実

■政策保有株縮減は加速

 「政策保有株」縮減(売却)が加速されている。23年3月東京証券取引所は「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」を発表。これがきっかけとなっている。23年後半あたりから政策保有株売却が本格化し、24年~26年あたりまで売却が続くとみられている。

 政策保有株とは、取引や提携関係の強化、企業買収防衛など特定目的で所有している株式だ。株式持ち合いなどから始まっている。企業はこれまで何があっても売却しないで保有してきている。しかし、それがいまでは当たり前に縮減が行われている。

 政策保有株は、端的にいうとROE(自己資本利益率)を低下させている要因とされている。歴史のある企業などでは、自己資本(純資産)の30~40%が政策保有株という会社も珍しいことではない。「政策保有株は自己資本の相当部分を眠らせている」。つまり資本効率を悪化させているということになる。

 日本企業のROEは一般に低い。持っている自己資本をフルに活用していないという批判がある。確かにそれは正論といえば正論だ。企業各社としても無視できなくなっている。政策保有株を縮減するという行動は、そうした趨勢を背景にしている。

■ROE、PBRとも改善は進んでいない

 東証はROE8%をひとつの基準にしているようにみえる。つまり,上場各社にROE8%以上を目指せとしている。だが、ROEの改善は進んでいるとはいえない。

 ROE8%未満の企業は、24年5月でプライム市場45%・748社(22年7月47%・857社)、スタンダード市場59%・951社(同63%・912社)となっている。上場企業の約半数は、ROE8%超えは実現できていない。東証は「ROEに大きな変化は出ていない」としている。

 PBR(株価純資産倍率)1倍割れは、プライム市場43%・703社(22年7月50%・922社)、スタンダード市場58%・938社(同64%・934社)である。ROEよりはやや改善はみられる。だが、それでも約半数の企業はPBR1倍を割り込んでいる。

 PBR1倍割れという問題も解決するのは簡単ではない。ROE8~10%を維持している企業、しかも増配、自己株買いに積極的な企業でもPBR1倍を超えられないという事例もある。企業各社は必死に取り組んでいるのだがどうにもメドはついていない。

■売却資金をM&Aなど先行投資に廻すのは正論だが・・・

 政策保有株を売却してキャッシュに戻した資金を自己株買い、増配など株主還元に廻すしかないのか。企業各社を当惑させているのはこの問題だ。

 「株主還元は重要だが、せっかくの売却資金(キャッシュ)なのだからM&Aなどで新しい事業を傘下に入れるような思い切った先行投資に投入するべきではないか」

 “べき論”の立場からの質問だが、「それは正論だが、新事業をやれるような人材はいない」と否定的だ。そうなるとひたすら株主還元で自己資本を減らすしか手はない。

 政策保有株はどこまで売却するのか。「株主総会の議決権を考えたら、政策保有株は純資産の20%程度まで縮減したらそこで停止する」。政策保有株は縮減するのであって、すべて売却するわけではない。

■「株価を意識した経営」正論が空回りしている

 いまネット証券業界などでNTTドコモがマネックス証券を傘下に入れたり、三菱UFJ銀行がauカブコム証券を100%子会社にしたりしている事例がある。成長市場はないわけではない。自己資本は十分ある。だが、一般の企業がM&Aなどで新ビジネスを創業するといった気概はなかなか持てないのが現実だ。

 東証の「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応」が目指すものは正論といえば正論。それは企業各社も大概わかっている。

 だが、難をいえば東証が指し示す企業改革の正論と企業が抱えている現実には乖離がある。いわば正論は「観念論」にとどまり、現実としては空回りしている。東証もその現実を把握して危惧している節がみられるのだが、趨勢は変わらない。

 結局のところROE、PBRの小手先の改善に問題が収れん・矮小化している面が拭えない。政策保有株はきわめて日本的なものだが、政策保有株の縮減(売却)も日本的な推移に終始する見込みである。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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