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【小倉正男の経済コラム】「トランプ2.0」「関税戦争」は陽動作戦?
- 2025/1/9 08:11
- 小倉正男の経済コラム
■米国産石油、天然ガス購入をEUに要求
トランプ次期大統領が仕掛ける「関税戦争」は本気なのか。あるいは落とし所を予め設定してのブラフ(脅し・はったり)なのか。例えば後者にしても、これは本気だと相手に思わせる恐怖がないと効き目はない。
軍事の戦略・戦術に陽動作戦というものがある。本筋の作戦は隠しておいて、相手(敵)の目を引き付けて異なった方向に敵を誘導する戦術である。陽動作戦も本気だということを見せ付けないと成功しない。
トランプ次期大統領はEU(欧州連合)に対して「我々の石油と天然ガスを大量に購入することでアメリカの巨額の貿易収支赤字を解消するように伝えた」としている。決め台詞ももちろん忘れていない。「大量に購入しなければEUからの輸入品に関税をかける」と。
トランプ次期大統領はすでにメキシコ、カナダに25%関税、中国に10%追加関税をかけると予告している。どうやらこれもEUには陽動作戦として十分に効果を発揮している。
EUは石油、液化天然ガス(LNG)をロシアに依存してきている。ウクライナ戦争以降、EUはエネルギー政策を変更し、「脱ロシア」化に努力している。トランプ次期大統領の要求に応じ、EUは米国産石油、天然ガス輸入に切り替える検討を行うという方向を即刻打ち出している。
■中国に次ぐ貿易赤字はEU
米国の2023年貿易では輸出2兆0452億ドル(2・1%減)、輸入3兆1085億ドル(4・9%減)。貿易収支は1兆0633億ドルの赤字。例年のことだが、米国は膨大な赤字を計上している。
米国の輸出・輸入の貿易ではEUがトップの座を占めている。貿易の順位はEU、メキシコ、カナダ、中国となっている。中国の貿易順位の急落が顕著だ。1期目のトランプ政権が自動車、鉄鋼製品などに高関税を課した。バイデン政権も中国に対する高関税政策をそのまま維持している。
貿易収支赤字では、中国が依然として断トツ(2791億ドル赤字)。中国は貿易とは輸出のことのみと勘違いしているのか、輸入は眼中にない。それに次ぐのがEU(2087億ドル赤字)、そしてメキシコ、カナダという順位である。トランプ次期大統領はメキシコ、カナダに新関税、中国に追加関税を賦課すると表明している。
メキシコ、カナダ、中国には事前に手を打っている。次はEUの番ということで米国産の石油、天然ガスをEUに購入させるとしている。それぞれ落し所は不透明さを残しているが、米国に対する貿易収支赤字が大きいところにアトランダムに手を打っている。
■「ドリル、ベイビー、ドリル」トランプ大統領のエネルギー政策
トランプ次期大統領のエネルギー政策は、「ドリル、ベイビー、ドリル」(大統領選挙でのスローガン)、つまり石油、天然ガスを「掘って掘って掘りまくれ」。化石燃料による環境汚染などは全く無視して、採掘規制を大幅緩和して石油、天然ガス増産を進めるというものだ。これによりエネルギー価格を抑え、インフレを解決するとしている。
「ドリル、ベイビー、ドリル」で石油、天然ガスを掘りまくれば価格は下がる。ただし、価格が下がれば儲からないから掘りまくることはあり得ないという批判がなされてきた。需給による市場調整が働くから有効な政策にはなり得ないという見方である。
しかし、トランプ時期大統領が目を付けたようにEUに石油、天然ガスの輸出を実現できるようになると話は変わってくる。「ドリル、ベイビー、ドリル」といったものが荒唐無稽ではなくなる可能性がある。
■トランプ大統領に太刀打ちできるか
ロシア経済の生命線であるロシア産石油、天然ガスに対するEUの依存度は、ウクライナ戦争以降は大きく低下してきているが、これに止めを刺すことができる。EUはロシアへのエネルギー依存という脆弱性を一掃できる。
ロシアは中国、インドなどに販売先が限定されている。しかも、足元をみられ安く買い叩かれている。ロシアはさらに窮地に立つことになりかねない。もちろん、やってみなければ成否はわからない。それでもトランプ次期大統領は、大統領就任は1月20日とまだ先なのだが、「トランプ2.0」のみならず「関税戦争」という陽動作戦だけで何とも世界の耳目を引き付けている。
(この芸当を見ているとなまじの首相では太刀打ちできないのでは・・・)、と思わないではいられない。(経済ジャーナリスト)
(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)