【小倉正男の経済コラム】トランプ2.0「関税戦争」勃発 無益、無謀な挑戦

■大統領令にサインでUSMCAは事実上反故

 「関税戦争」勃発、トランプ政権は2月1日からメキシコ、カナダに25%関税、中国に10%追加関税を課すと表明した。関税実施は3月に延期されるという見方があった。しかし、前日の1月31日に慌ただしく関税賦課が発表されている。(しかし、その後2月4日関税発効となり実施は延期されている。)

 米国・メキシコ・カナダ協定(USMCA)は2020年、すなわちトランプ大統領の1期目に批准された経過がある。

 USMCAは北米自由貿易協定(NAFTA)を発展させたものだ。関税、数量制限など自由貿易を阻害する障壁を撤廃するとして発効している。米国、メキシコ、カナダ3カ国の議会でそれぞれ承認された貿易協定である。

 だが、トランプ大統領は大統領令へのサインによる関税賦課でUSMCAを事実上反故にしている。米国のことだが、大統領府が強すぎるというか、議会は存在感がまったく見えない。

■インフレがぶり返すリスク

 トランプ大統領は、トランプ政権閣内の誰からも異論は差し挟まれることもない。閣僚は職務に対する能力、識見よりトランプ大統領への忠誠心で選ばれているといわれている。米国では大統領府と議会、大統領府内とも権力に対するチェック&バランスは喪失しているようにしかみえない。

 メキシコ、カナダへの25%関税など陽動作戦のブラフ(はったり)にとどめておけば上策である。ところが、誰にとっても無益な「関税戦争」を始めるのだからこれは論外。カナダのトルドー首相は報復関税を即時実施するとしている。メキシコ、中国も同様の行動に出るとみられる。

 歯止めが効かない報復の連鎖が始まりかねない。「関税戦争」、どんな珍奇な諍いでも始めたら終結するのは難しい。無益なだけではなく、米国経済の“最大の敵”であるインフレがぶり返すリスクを醸成しかねない。

 1月31日のNY株式は米国経済の先行き不安で337ドルの大幅安となった。金利は「関税戦争」によるインフレ懸念で上昇している。為替はドル高に振れている。株式市場はインフレ懸念で待望している利下げ期待の後退を織り込んでいる。

■トランプ大統領は「インフレではなく成功をもたらす」と表明

 トランプ大統領は、パウエル米連邦準備制度理事会(FRB)議長に「金利の即時引き下げを要請する」と表明している(スイス・ダボス会議)。しかし、パウエル議長としては、インフレ懸念がぶり返しかねないのに利下げには踏み込めない。

 トランプ大統領の政策は矛盾に満ちているのだが、「関税戦争」を勃発させて利下げを要請するというのはその極致といえる。

 トランプ大統領は「関税はインフレではなく成功をもたらす」としている。トランプ大統領の立ち位置は、“インフレ懸念などない”というものだ。だが、「関税戦争」はインフレをもたらすのは間違いない。

■貿易の31%を占めるメキシコ、カナダに25%関税という無謀

 トランプ大統領が1期目に行った中国の鉄鋼、アルミなどに対する高関税はダンピング輸出に対応する色彩を持っていた。しかし、今回は上手くいっていたUSMCAの反故であり、メキシコ、カナダへの高関税賦課である。

 USMCA、すなわち米国とメキシコ、カナダとの輸出・輸入は、貿易全体の30・8%を占めている。米国の貿易では断然トップの規模を占めている。2位のEU(欧州連合)18%超、3位の中国13%超を併せた規模にほぼ匹敵する。トランプ大統領1期目の中国をターゲットにした高関税とは規模・内容とも様相が大きく違っている。(23年米国貿易統計)

 メキシコ、カナダには米国との国境をまたぐ格好で米国自動車・同部品産業各社が集積している。トランプ大統領は自国産業に高関税を賦課することになる。米国産業、ひいては米国の消費者に関税を負担させるに等しい。(日本の自動車・同部品産業各社ももれなくメキシコ、カナダに集積している。)

 「関税はインフレではなく成功をもたらす」というトランプ大統領の思い込みは、世界経済を後戻りできない淵に追い込むことになりかねない。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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