【小倉正男の経済羅針盤】日本企業のIRは進んでいるのか?

■事実を事実として認めるのが経営者の器量

 その昔、といっても2000年より少し以前の話だが、キリンビールの佐藤安弘社長(=当時)にインタビュ―した時のことだ。
 ――若い人たちは知らないかもしれないが、佐藤安弘社長は、低迷していたキリンビールを立て直した名経営者である――。

 佐藤安弘社長は、自宅で晩酌のビールを飲んでも、「うまくない」と思ったというのだ。
 何故かと考えて、「うちの原価はアサヒに負けている」と。原価率がアサヒのほうが低かったのである。

 アサヒは、スーパードライでキリンを追撃し、そしてその後に追い抜いた。茨城に新鋭の大工場を持ち、大量生産・大量物流・大量販売で勢いはとどまることがなかった。原価低減が実現されていた。

 「これは手狭な老朽工場は閉鎖しないと、キリンビールの原価は高いままだ」。
 佐藤安弘社長は、工場リストラに着手する。これが名門企業だけに社内から根強い反対が起こった。「わが社は負けていない」、そんな事実を顧みない意見が相次いだ。

 「いや、わが社は負けている」。事実を受け入れるのは辛い。しかし、受け入れるしかない。
 経営者として凡庸か、凡庸ではないか――。経営者の器量はそこで決まる。

■工場リストラを社員たちはみんな知っていた

 佐藤安弘社長が、老朽化した東京工場に着いて、社員たちが一堂に会している場に入ると、社員たちは全員泣いていたというのである。

 つまり社員たちは、社長が「この工場を閉鎖させてくれ」と言いに来たのを前もって知っていたのである。日本の会社では、インサイドの社員たちが主役だから、情報がいちばん早く伝えられていた。そうでないと工場閉鎖などできなかった。

 その当時は、経済界にしても新聞などメディアにしても、利益が出ている会社はリストラなどしてはならない、と主張する向きもあった。
 すでに時代は「平成」に入っていたが、「昭和」のニッポン株式会社の最後の風景といえるものだった。

■日本企業のIRは進んでいるのか?

 ここまで話を引っ張ってきたのは、日本企業のIR(インベスター・リレーションズ)を語るためである。

 いまは工場閉鎖であれ何であれ、社員たちは、自社HP(ホームページ)にアップされるニュースリリースやメディアの記事で知るようになったというのである。

 会社は、まがりなりにも情報を株主に最初に流すようになった。会社の情報は、株主が最初に知ることが定着しようとしている。まだまだ訳のわかっていない経営者も少なくないが、訳のわかった経営者も増えているということか。

 インサイドにいた社員たちは、かつては会社のなかで起こっていることはあらかた知っていた。しかし、いまはHPやメディアなどから自社の情報を知ることになっている。

 日本企業は変わったのか。いや、多くの日本企業は変わったというべきか。

 ただし、変わらないのはメディア、とくに経済に弱い名門の大新聞ほど、取材は電話とメールだけで紙面をつくっている。これでは、大新聞からの読者離れはとどめようがないのではないか。余談ながら、一部の巨大メディアの退廃(と以前からの傲慢)は目を覆いたくなる・・・。

 (経済ジャーナリスト 『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(東洋経済新報社)、『日本の時短革命』『倒れない経営―クライシスマネジメントとは何か』『第四次産業の衝撃』(PHP研究所)など著書多数。東洋経済新報社編集局・金融証券部長、企業情報部長,名古屋支社長・中部経済倶楽部専務理事など歴任して現職)

関連記事


手軽に読めるアナリストレポート
手軽に読めるアナリストレポート

最新記事

カテゴリー別記事情報

ピックアップ記事

  1. ■シスルナ経済圏構築に向け、グローバルなパートナーシップを強化  ispace(アイスペース)<9…
  2. 【先人の教えを格言で解説!】 (犬丸正寛=株式評論家・平成28年:2016年)没・享年72歳。生前に…
  3. ■物価高・人手不足が直撃、倒産件数29カ月連続で増加  帝国データバンクの調査によると、倒産件数が…
2024年11月
 123
45678910
11121314151617
18192021222324
252627282930  

ピックアップ記事

  1. ■化粧品大手は業績下方修正も、電鉄各社は上方修正で活況  トランプ次期大統領の影響を受けない純内需…
  2. どう見るこの相場
    ■金利敏感株の次は円安メリット株?!インバウンド関連株に「トランプ・トレード」ローテーション  米…
  3. ■金利上昇追い風に地銀株が躍進、政策期待も後押し  金利上昇の影響を受けて銀行株、特に地方銀行株の…
  4. ■トリプルセット行、ダブルセット行も相次ぐ地銀銀株は決算プレイで「トランプトレード」へキャッチアップ…

アーカイブ

「日本インタビュ新聞社」が提供する株式投資情報は投資の勧誘を目的としたものではなく、投資の参考となる情報の提供を目的としたものです。投資に関する最終的な決定はご自身の判断でなさいますようお願いいたします。
また、当社が提供する情報の正確性については万全を期しておりますが、その内容を保証するものではありません。また、予告なく削除・変更する場合があります。これらの情報に基づいて被ったいかなる損害についても、一切責任を負いかねます。
ページ上部へ戻る