【作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術】ポケモンと宣教師ザビエルの意外な関係

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■「ポケノミクス」で兜町も大フィーバー

 7月よりアメリカなどで先行配信しているスマートフォン向け位置情報ゲーム『ポケモンGO』(Pokemon GO)が大変なことになっている。アメリカでは開始1週間で利用者が6500万人を突破。オーストラリアではゲームをダウンロードしようとする人が殺到し、サーバが次々にダウン。米大統領選挙でもヒラリー・クリントンが、ゲーム内でポケモンを捕まえることができるスポットでの公式集会をアナウンスして「便乗」するなど、もはや社会現象といえる動きになっている。

 任天堂、米ナイアンティック社、株式会社ポケモン社による共同プロジェクトだが、株式市場では任天堂が大暴騰。物色は関連銘柄にも波及し、「ポケノミクス」なる造語まで生まれるほどのブームを呈している。やはり一発の力を有する老舗コンテンツ企業の力は侮れないものだった。

 こうした世界的なヒットを探るキーワードの一つが「ローカライズ」である。元々あるコンテンツを発売先の言葉や文化に合わせて、翻訳や表現を変更することである。例えば近年のメガヒットとなった映画『アナと雪の女王』は、日本語版で松たか子さんなど優れたアクター、シンガーをチョイスし、それが日本でのヒットに繋がった。今や洋画も日本語版が全盛だが、もちろん字幕版だけならあれほどの盛り上がりはなかっただろう。

 任天堂はこのローカライズに散々苦しんできたメーカーである。つい最近、あるゲームのローカライズがあまりにオリジナルと離れていたことから、米ユーザーが激怒するという「炎上」事件もあったほどだ。今回のポケモンGOに関しても、株式会社ポケモンの公式サイトでローカライズに苦心した開発者のインタビュー記事が掲載されている。異なる言葉・文化・人種の壁を越えてマーケットを築くことは本当に難しい。

■キリスト教の東方ローカライズ

 ローカライズに苦しんだ人といえば、宣教師フランシスコ・ザビエルである。ザビエルが東方での布教を志し、ポルトガルのリスボンから遠いインドに向かったのは1541年、35歳のことだった。一行は喜望峰を回り、翌年に当時ポルトガル領だった貿易港・ゴアに到着した。インド先住民への布教に着手したザビエルだったが、事は思うようにいかなかった。やはり言葉・文化・人種の壁は想像を絶するものだったのだ。当時はローカライズのノウハウも何もないのである。

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 【写真解説】 井戸端で説教するザビエル像。ザビエルは日に二回、通りにある井戸端で民衆たちを前に説教した。武士から町人まで色々な人が集まったという。(山口市)

 そこでザビエルが試みたのは「集団改宗」という方法である。まず、集まった村の人々の前でキリスト教の根本教義を説明し、次に現地語に翻訳したシンプルな教理を暗誦し、村人に復唱させる。説教の後、信仰箇条(カトリック教会の絶対確実な教義)について「信じますか?」と尋ね、「はい」と答えさせ、洗礼を授ける、というやり方である。

 この集団改宗でザビエルらは1ヶ月で1000人以上の信者を得た。ところが、人々の信仰は長続きせず、結局は以前の土着的な信仰に戻ってしまった。一方的なやり方ではキリスト教の何たるかが理解されるはずもなかったのである。結局、ザビエルは集団改宗を放棄した。ザビエルのインド滞在は7年に及んだが、布教は遅々として進まなかった。

 インド滞在時代の末期、ザビエルはエンリケスという若い部下により小さな希望を見出している。エンリケスは順応性の高い人だったようで、瞬く間に現地語をマスターし、住民たちに溶け込んでいった。そして幾度も対話を重ねて土着信仰を否定し、人々をキリスト教に導くという地道なやり方を執った。現地の人々と文化に歩み寄り、時間をかけて布教する手法を「適応主義」というが、これはその原点と呼ぶべきものだった。

 ザビエルはローマのイエズス会総長に宛てた手紙でエンリケスを絶賛し、「驚くほど人々に愛され、信頼されている」と報告している。この部下に学ぶことは相当大きかったのではないか。

■キリスト教の神は「大日如来」だった!?

 ザビエルが数名の部下とともにインドを発ち、鹿児島に到着したのは1548年のことである。このときザビエルはマラッカで出会った日本人、アンジロー(ヤジロー)を伴っている。日本への伝道を決意した原因もこのアンジローで、来日前には「もしも日本人すべてがアンジローのように知識欲が旺盛であるならば、新しく発見された諸地域のなかで、日本人は最も知識欲の旺盛な民族であると思います」とも書いている。

 「新しく発見された」とあるのは、この時期に種子島にポルトガル人が漂着して鉄砲を伝えたことが原因だ。西洋にとってはこの時代が初めて「ジパング」を発見したときだったのだ。既にマルコ・ポーロの日本紹介記事(『東方見聞録』)はあったが、彼は実際には日本にたどり着いていなかったのである。

 ザビエル一行は日本人に温かく迎えられた。適応主義を重視した彼らは日本語を必死で学び、何と40日間で十戒を日本語で説明できるようになったという。

 ところがザビエルたちと日本人の間には大きな誤解があった。通訳を務めていたアンジローの無知により、ザビエルはキリスト教の神の訳語として、大日如来(密教の教主)を意味する「大日」を用いてしまったのである。要するに、日本の人々は最初、キリスト教を仏教の一派と勘違いしていたのだ。

 これに気づいたザビエルは猛省し、神を指すラテン語・ポルトガル語の「デウス」をそのまま用いることにした。ローカライズは本当に難しい。

 ザビエルらは街頭に立ち、集まった人々の前で本を朗読し、説教をした。質問には誠実に答え、家々も訪問した。日本人が一番喜んだ話はキリストの物語で、受難の件を語ると多くの人が涙を流したという。

 こうした適応主義の推進により、山口では2ヶ月の活動で約500人が洗礼を受けた。

 ザビエルの方針を受け継いだのが、イエズス会東インド巡察師アレッサンドロ・ヴァリニャーノである。この人はマネジャー、プロデューサーとして稀有な才能を持っていた人なので、次回で詳しく紹介したい。

(参考史料『聖フランシスコ・ザビエル全書簡』 河野純徳訳)

(作家=吉田龍司 『毛利元就』、『戦国城事典』(新紀元社)、『信長のM&A、黒田官兵衛のビッグデータ』(宝島社)など著書多数)

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