【ドクター箱崎幸也の健康増進実践法】終末期医療の意思決定

 9月号では、DNAR(do not attempt resuscitate;救命の可能性が低いので心肺蘇生を差し控える)の歴史的経緯や我が国での現状を説明させて頂きました。現在私が診ている90歳の認知症患者さんで殆ど意思疎通が出来ない方は、ご家族の希望で中心静脈栄養(太い静脈に針を留置)を継続しています。もしご本人の認知機能が正常であれば、中心静脈栄養、胃瘻や経鼻経管チューブからの人工的な栄養摂取での延命治療は望まないだろうと、想像しながら医療を行っています。一方、80歳脳梗塞で寝たきりの方で、ご家族は口から食べられなくなったら一切の医療処置を拒否され、医師としてもう少し何らかの治療をしてあげられないのか無力感に陥ります。

 患者本人さんが治療を自己決定できない場合に、多くの場合決定するのはご家族です。家族間でも微妙に考えに違いがあり、医療現場が混乱することもあります。患者さんに代わって、生死に関わる治療を選択するご家族の精神的ストレスは非常に大きいと常々思っています。どの医療処置が正解や誤りではなく、その時点でご家族と一緒に悩むのが終末期医療の意思決定と考えます。

 ご本人の元気なうちに意向や価値観を把握し、それに沿って認知症などで寝たきりになった時に医療ケアプラン(突然の呼吸/心停止時に救命処置はしない,苦しみが増すような過剰な延命治療はしない,苦痛をとるような治療は積極的に行う等)を考えておくことも一つの選択肢です。しかし私は認知症の母を看取りましたが、事前に終末期の意思決定はしませんでした。元気な時での終末期の意思決定は高齢者には辛く酷と考え、その時その時に適切に決定すれば良いとの思いからでした。これは今でも正解かどうか分りませんが、本当に難しいのが終末期の意思決定と痛感しました。

 法的根拠となるDNAR法が、米国と異なり我が国には存在しません。DNAR指示を倫理的に適切に実践するためには、医療者とご家族がその場その場で緊密に話し合いをしながら終末期医療での意思決定が最も望ましいと考えます。(箱崎幸也=元気会横浜病院々長、元自衛隊中央病院消化器内科部長)

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