【作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術】坂本龍馬に学ぶ必勝の「パクリ」術

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■近代音楽に「オリジナル」は存在しない!?

 今年も残すところあとわずかとなった。
 世相的にはかなり騒然とした1年だったが、ひとつ印象に残っているのは東京五輪エンブレムをめぐるデザイナー佐野研二郎氏の疑惑事件、いわゆる「パクリ」騒動である。密室的な審議委員会の選定、Facebookでの「パクられ元」作者の告発、ネットでの「炎上」から佐野氏のデザイン取り下げまでの過程、すべてが印象的だった。
 事の是非はともかくとして、ふと考える。この世にまったくのオリジナルというものは存在するのだろうか。

 ちょうど3年前の12月に亡くなったミュージシャン大瀧詠一さんの仕事に「分母分子論」というものがある。日本の音楽史に対する画期的な見解だ。
 要点だけいうと、日本の近代音楽史は輸入音楽、つまり洋楽という「世界史」を分母にして、日本語の歌詞とメロディという「日本史」を分子とした構造になっている、というものである。
 例えば子どもの頃よりなじみ深い唱歌は大半が洋楽である。「むすんでひらいて」はルソー作曲の原曲に日本語の歌詞がつけられたものであり、「蛍の光」もスコットランド民謡である。古賀政男や服部良一といった戦前の歌謡曲を作った人々もジャズ、タンゴ、ブルースの影響下にあり、その中で「世界史分の日本史」という歌謡曲を作ってきた。いつしか分母の存在が忘れられて、「日本史分の日本史」という演歌の概念が生まれた。ただしその分母が世界史であることには変わりはない。

 つまり近代日本人の心の故郷、ルーツ音楽は実は「分母」である洋楽ということになる。ちなみに大瀧さんは「君が代」もイギリス人作曲、ドイツ人編曲という見解をとっていた。
 「無」から「有」が創造されるのではなく、「有」から「有」が創造されているのである。もちろん完全なる剽窃はよろしくないが、どんな創造物にもなにがしかの「パクリ元」が存在するということである。オリジナルを追求することはラッキョウの皮むきと同じ、とはよくいったもので、結局は何も残らなくなることになるのだ。

■「大政奉還」も「船中八策」も元ネタがあった!

 近代は明治維新から始まるが、それ以前の江戸時代は近世と呼ばれる。
 このはざまで起こった大事件が慶応3年(1867)10月14日、第15代将軍徳川慶喜が265年間の徳川政権を朝廷に返上した「大政奉還」で、その立役者が坂本龍馬である。
 これに先立つ同年6月9日、龍馬は土佐藩幹部の後藤象二郎に「船中八策」と呼ばれる八ヶ条の新政権構想を提示した。議会の設置、憲法の制定など近代国家のあり方を示した構想だが、最大のポイントが幕府の大政奉還、新政府の設立というアイディアだった。
 後藤は前土佐藩主・山内容堂と協議し、八策に基づいた大政奉還建白書を土佐藩の名で10月3日に慶喜に提出し、慶喜もこれに応じた。この間、龍馬と後藤は幕府や当時有力だった薩摩藩に入念な根回し、調整を行って、大政奉還が成立する運びとなった。

 ところで大政奉還は龍馬のオリジナルのアイディアではない。
 もとは文久2年(1862)に幕臣の大久保一翁が会議の席で提示したアイディアである。諸外国の開国圧力と国内の治安悪化という「内憂外患」に苦しむ幕府の起死回生の策だった。最初は突飛な考えと受け取られたが、勝海舟、松平春嶽ら幕府要人は次第に「秘策」と考えるようになったのである。

 勝や春獄の教え子でもある龍馬はもちろん大政奉還というプランを知っていた。当時土佐藩は幕府と討幕派雄藩の間にあり、どこに立場を置くか苦しんでいた。そこで龍馬は絶好のタイミングで容堂に後藤を通して大政奉還をプラン提示し、賛同を得たわけである。おかげで土佐藩の存在感は増し、今後の政局運営でも有利な立場を確保することができた。
 また、船中八策は当時儒学者として有名だった横井小楠の影響も強く受けている。横井は松平春嶽に海軍の拡張や人材の登用などをうたった「国是七条」という建白書を起草している。船中八策は明らかに国是七条を換骨奪胎したものなのである。

 龍馬は悪くいえばパクリの天才だったが、他人の考えを受け容れ、それをまとめ直すキュレーション(情報を収集してまとめる)の能力に秀でていたことは間違いない。一口に「いいとこどり」といってもこれは簡単なことではないのである。いいとこどりは抜群のバランス感覚を要するものなのだから。
 他人の考えを聞き、まとめ、適切にして最良のプランニングをする。良い仕事ができる人とはパクリ、受け売りの達人でもある。

(作家=吉田龍司 『毛利元就』、『戦国城事典』(新紀元社)、『信長のM&A、黒田官兵衛のビッグデータ』(宝島社)、「今日からいっぱし!経済通」(日本経営協会総合研究所)、「儲かる株を自分で探せる本」(講談社)など著書多数)

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