【作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術】織田信長は「トカゲのしっぽ」をどう切った?

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■感情を持つ「人」を切ることの難しさ

 トカゲのしっぽは切るべきか、それとも切らざるべきだろうか。
 株式投資では「損切り」に当たる話だが、これはどんどんやるべしである。しかし、株券とは違う、血が通い、感情を持った人を「切る」ことはなかなか難しい……。
 会社で何か問題が発生したとする。経営者は現場担当者を罰し、クライアントに謝罪する。よくある話だが、ここで問題なのは、一番責任があるのは自分だという自覚が経営者にあるかないかである。ヘマをしでかした担当者に現場を預けていたのは誰なのか。最高責任者という言葉は飾りではないのである。他の部下たちは必ず「しっぽ切り」をした経営者に不信感を抱き、「明日は我が身」と思う。

 これは海外では少し様相が違う。「You’re fired(おまえはクビだ)」は今はトランプ米大統領のフレーズとして知られるが、個人的には故スティーブ・ジョブズの決めゼリフとして印象深い。アップル社ではジョブズの質問にまごまごしたが最後、「You’re fired」なので、社員はジョブズとの接触を極力避けたというエピソードがある。
 日本でやったら大変な話となるが、これは雇用環境の違い、カルチャーの違いとしかいいようがない。そういえば今回の森友学園事件では海外メディアが「忖度」の意味を理解するのに苦労していたが、日本の組織や会社の風土はグローバル的には変わった世界ととらえられているのだろう。年功序列・終身雇用の幻想は崩れつつあるとはいえ、やはり日本はまだまだジョブズ流が馴染まない社会であることに変わりはない。

■信長は相場師としては超一流、経営者としては……?

 当連載では2015年10月19日付けで織田信長を「ロスカットの達人」として取り上げたことがある。見通しが間違っていたとすれば、迷わず損切りができる信長は優秀な投資家である。では、経営者としてはどうだろう。
 信長は人に対してもどんどん損切りを行う将だった。象徴的なのは「われに七難八苦を与えたまえ」の言葉で有名な山中鹿介をシッポ切りした話だろう。

 天正5年(1577)、織田軍は中国地方の毛利勢力への侵攻を進めていた。この中国攻めの総大将が羽柴(豊臣)秀吉で、姫路城(兵庫県姫路市)を本拠とした。
 秀吉は、かつて毛利に滅ぼされた出雲尼子氏の遺臣である山中鹿介らを傘下に加えていた。鹿介ら遺臣団は尼子の血を引く尼子勝久を擁立し、信長の援護を得て、お家の再興を目指していたのである。
 秀吉は同年12月に毛利方の属城だった上月城(兵庫県佐用町)を陥落させた。この城は備前・美作・播磨の境に位置する。当時として毛利攻めの最前線となった超重要拠点である。
秀吉は勝久・鹿介主従を城代とし、守備に当たらせることにした。毛利への恨みに燃える尼子再興軍は命に替えても城を守ろうとしていたわけだから適材適所の人事である。

 ところが翌年になって織田方だった三木城(同三木市)の別所長治が毛利方に寝返るという大事件が起こった。三木城は姫路城と京・摂津の織田勢力の間に位置する要衝だ。周辺の国人も別所氏に味方したことから、姫路の秀吉軍と上方の織田勢力の連携が戦略的に断ち切られかねない事態となったのである。
 秀吉は慌てて三木城攻めに向かった。こうなると最前線の上月城はすっかり孤立してしまった。毛利軍はさっそく上月城を包囲し、兵糧攻めにした。慌てた秀吉は京の信長に上月城への援軍を要請したが、信長は退け、「上月城を捨て三木城を攻めろ」と非情の命令を下した。戦略的な理由から尼子主従を見捨てたわけである。

 板挟みに苦しむ秀吉は、上月城に使者を出し、毛利の包囲網を突破して城を脱出するよう勧めたが、勝久・鹿介は脱出という強硬手段は犠牲が多いため、秀吉の好意を辞退した。
 その後、上月城は落城。勝久は城兵の助命を条件に切腹した。最高責任者として最高の責任を負ったのである。囚われの身となった鹿介は護送途中で毛利輝元の密命で暗殺されている。その後、中国戦線は秀吉の奮闘で巻き返しが図られたが、信長のしっぽ切りが判断として良かったかどうかはわからない。

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■「情」を重んじないガバナンスは危うい!

 信長のしっぽ切りはその後も続いた。特に「織田株式会社」として役員クラスだった佐久間信盛、林秀貞らを言いがかりのような理由で次々に解任したことはよく知られる。情を感じられない、独断的なガバナンスを進めたのである。
 天正10年(1582)の明智光秀による本能寺の変の解釈はさまざまなのだが、光秀がどこかで「この人にはついて行けない」と考えていた可能性は大きいのではないか。

 日本では会社は経営者や株主のものではなく、「従業員のもの」とする考え方が非常に根強い。戦国大名の家中も同様だが、ある目的をもって生まれた会社組織や政治団体といった共同体もリーダーのものではなく、「みんなのもの」という意識が強い。やはりジョブズ流、信長流ではない。ゆえにリーダーの独断的な統治、しっぽ切りは非常に危うい行為なのである。

 秀吉は天下統一後、「信長公は剛が柔に勝つことは知っていたが、柔が剛を制すことを知らなかった。敵対した者をことごとく滅ぼし、恨みを買った。それが明智の謀叛につながった」(『名将言行録』)という興味深い信長評を残したとされる。
 晩年はともかく、天下統一までの秀吉は、懐柔政策、不殺主義などで穏やかに物事を運ぶことを旨とし、非情なしっぽ切りもしなかった。つまり信長とは正反対の戦略で諸大名を従属させたのである。やはり反面教師にしたとしか思えない。

(作家=吉田龍司 『毛利元就』、『戦国城事典』(新紀元社)、『信長のM&A、黒田官兵衛のビッグデータ』(宝島社)、「今日からいっぱし!経済通」(日本経営協会総合研究所)、「儲かる株を自分で探せる本」(講談社)など著書多数)

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