【作家・吉田龍司の歴史に学ぶビジネス術】Amazon Goの脅威、キーワードは「沈黙交易」
- 2017/4/26 13:46
- 株式投資News
■急拡大する「セルフレジ革命」
「人手不足もここまできたか」――馴染みのスーパーでセルフレジが導入され、こう思った方も少なくないだろう。今年1月にはフランスで「セルフレジが雇用を奪う」との反対デモまで起こっているが、導入加速の動きは止まりそうにない。
先日、セブン-イレブン・ジャパンなどコンビニエンスストア大手5社が2025年までに国内の全店舗でセルフレジを導入することが明らかになった。この方式はよくあるバーコード読み取り型ではなく、RFID(電子タグのデータを非接触で読み書きするシステム)を利用するもの。商品を入れたカゴを置けば、瞬時に計算・会計してくれるレジである。
経産省はこれに合わせて、全てのコンビニ取扱商品(推計1000億個/年)にRFIDを利用するという「コンビニ電子タグ1000億枚宣言」を発表した。人口減少社会の到来を前に、セルフレジは国策として位置付けられた格好である。
コストはかかるが、人手不足対策、物流システムの効率化、レジの通過時間の短縮、POSレジの台数削減などセルフレジの導入メリットは多い。もちろん万引き問題など運用面の課題は多いが、時間が解決していく問題のような気がする。株式市場ではサトーHLD、 富士通フロンテックなど関連銘柄に注目する向きも多い。
■レジそのものをなくした「Amazon Go」
RFIDの最大のネックは1枚当り10~20円という価格面の問題であろう。既にファーストリテイリングが「GU」ブランド店でのRFIDの導入を進めているが、利幅の薄いスーパーなどの小売りが二の足を踏んでいるのはこれが原因である。経産省は量産化によりこの問題の解決を図ろうとしているが、一朝一夕で片が付く話ではないだろう。
一方、こうした日本の動きを嘲笑うかのように登場したのが米Amazonのリアル店舗「Amazon Go」である。食料雑貨店、つまりコンビニのような店だが、これは「レジが不要」という「まったく新しい店舗」である。コンセプトはJust Walk Out(そのまま歩いて出る)で、RFIDは使用されない。
Amazon Goでは、顧客はまずスマホにダウンロードしたAmazon Goのアプリをゲートでかざして入店する。棚から商品を取るだけでアプリのカートに商品が追加される。出口のゲートを出るとAmazonのアカウントから購入分が引き落とされるというしくみだ。
Amazon Go動画 https://www.youtube.com/watch?v=NrmMk1Myrxc
Amazon Goでは店内にある各種センサー、カメラ、マイクのデータをAI(人工知能)が制御・分析し、客がどの商品を取ったか、どういう行動をしたかを把握できるという。センサリング技術と画像解析を活用し、AIがディープラーニングしていけば、レジそのものがいらなくなったのである。
消費者目線からいえば、正直いってRFIDよりもAmazon Goの方が使いやすいのは明らかであろう。下手をすればコンビニ各社はAmazon Goに敗れるか、特許で固められたシステムごと買わされる可能性があるのかもしれない。
■世界史にみられる「沈黙交易」とは?
Amazonが恐ろしいのは、数十年前にはまったく存在しなかったネット通販市場の開拓者であることだ。Amazonの登場時、実は株式市場では「誰がネットで本を買うものか」と言っていた人が少なくなかったのである。気がつけば町の本屋は駆逐され、ネット市場拡大に伴う物流各社の人手不足は今や社会問題化している。今度はスーパー、コンビニまでがAmazon Goに駆逐される番なのか。
ネット通販、セルフレジ、Amazon Goには共通した特徴がある。それは売り手、買い手双方が無言で、顔を合わせることもないという点だ。これは世界の歴史にみられる「沈黙交易」という形態とよく似ている。
沈黙交易は交易の原初形態ともいい、世界各地で行われた無言の取引である。古代ギリシア時代、アフリカ北東部のカルタゴ人とリビア人との交易例をみてみよう。
カルタゴ人は積荷の商品を海岸で降ろし、いったん船に戻って岸から離れる。するとリビア人が現れて商品の値踏みをし、海岸に金を置いて去る。
また千島列島に居住していた千島アイヌも北海道本島のアイヌと対面せず、交易を行っていたとされる。『日本書紀』にも7世紀の将軍・阿倍比羅夫とオホーツク人の間で沈黙交易とおぼしきことがあったと見られる記事もある。
沈黙交易は何も言葉の通じない者同士の取引ではなく、言葉が通じる者同士でも行われた。なぜ、こうした取引が行われるのか。千島アイヌの例でいけば、疱瘡の感染を恐れたという研究が有力視されている。他者との接触を避けるために無言で取引したのだ。
つまり「人と人とがコミュニケーションをできるだけ避けて行う取引」が沈黙交易である。こうなると、決して交易の原初形態などではない。ネット通販のような形がもっとも好まれているとすれば、人間にもっとも合った取引は沈黙交易ということになる。
例えば導入が不安視されたセルフのガソリンスタンドが瞬く間に普及したのは、値段の安さも一因だろうが、消費者が無言の取引を望んでいることも大きな原因であろう。
余談だが、最近の若い人は直接電話をかけたりかけられたりすることが嫌なようで、コミュニケーションはLINEやメールが好まれる。これを映し、ユーザーの通話時間も年々減少している。
そういえばコンビニのセルフレジ導入のニュースが出たとき、ネットでは「コミュ障(コミュニケーション障害)なのでうれしい!」と歓迎の書き込みもよく見られた。彼らは店員に「温めますか?お箸は?ポイントカードは?」と聞かれること自体も苦痛なようだ。沈黙交易の広がりは何も人手不足だけが原因ではないのである。
(作家=吉田龍司 『毛利元就』、『戦国城事典』(新紀元社)、『信長のM&A、黒田官兵衛のビッグデータ』(宝島社)、「今日からいっぱし!経済通」(日本経営協会総合研究所)、「儲かる株を自分で探せる本」(講談社)など著書多数)