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【小倉正男の経済コラム】悲観ばかりしているうちに世界経済が地滑り的変化
- 2018/6/3 20:10
- 小倉正男の経済コラム
■アメリカの景気は絶好調の状態
アメリカの5月雇用統計で確認されたのは、景気がほとんど絶好調の状態にあるということだ。
非農業部門雇用者数では22万3000人増と市場予想を大きく上回った。失業率は3.8%という完全雇用状態にあり、ほぼ究極までの改善が進行している。賃金は2.7%増と緩やかだが、これも上昇している。
製造業、そして小売業などサービス産業とも雇用者を増加させており、製造業の設備投資などに関連する建設業も雇用者増加に貢献している。
設備投資では、先行きを睨んで半導体・半導体関連製造装置などが主役になっている模様。次世代スマホ、自動運転など先進自動車向けなどに先行して設備投資が行われており、やはりハイテク分野がアメリカの景気を根底で引っ張っている。
トランプ大統領の「貿易戦争」、イタリア、スペインの政情混迷があるが、一方で「米朝会談」は前進する方向にある。ともあれ、アメリカの景気そのものは悪くない。
日本のメディア(経済新聞など)あるいは企業も同じで、懸念材料ばかり強調する面がある。それは良識といえば良識だが、相も変わらず悲観ばかりしていることが「芸」とはいえないのではないか。
■高所恐怖症=需要が旺盛すぎて対応しきれていない
日本の企業にも、次世代のスマホ、クルマ、白モノ家電などの先行・設備投資により、旺盛な受注が続いている。
「いったいどこまで続くのかと――。だが、いまのところ不安というか、懸念されるマイナス材料はない」(半導体など電子部品・製造装置関連商社経営トップ、装置据付など設備工事企業経営トップなど)。
需要が旺盛すぎて、それに十分に対応しきれていないのが実体である。例えば、いま製造関連装置などに受注があっても、完成・納期は1~2年先になる。つまりは、受注残になる。
「手持ちの受注残をこなすので一杯一杯」というのが、関連業界筋の声である。新たな受注に手を付ける余裕がないというのである。
各社経営幹部筋は、売り上げ、収益、受注残、受注が過去最高の水準にあり、「高所恐怖症」を抱えているとしている。
「いつもなら、このあたりでピークを迎えるのだが、今回はまだピークを打ったという感じはない」(電子部品関連業界経営トップ)。
この需要は、国内もそうだが、とくに中国からもたらされている。
■「中国製造2025」=中国は巨額の政府補助金で先行・設備投資に走る
国内では、自動運転車など次世代先進車への設備投資が始まっており、半導体、センサーなどへの需要が止まらない。
さらに海外では中国が、今後の5年~10年先を睨んで、工作機械・半導体関連製造装置などを日本企業から買い込んで活発な設備投資を進めている。
中国は、国家・地方政府が企業に巨額の補助金を出して、中・長期的に半導体関連などハイテク分野でいわば韓国、台湾を凌駕する戦略を進めている。中国は、半導体など電子部品の需要国でもっぱら輸入に頼ってきたが、自国生産で需要を充たす国家戦略に転じている(中国製造2025戦略)。
国家・地方政府が巨額のカネを惜しげもなく注ぎ込んでくれるのだから、企業としては設備投資をしない手はない。半導体関連などは、装置産業であり、設備投資に膨大なカネがかかる。
しかし、中国はお国がかりで巨額設備投資をやっているわけである。道路や橋をつくるのと同じで半導体関連工場設備をインフラ投資としてやっている。
■急激な需要増に十分に対応しきれていない日本企業
成功するかどうかわからないが、中国は本気で「IoT大国」なろうとしている。5年~10年先には、中国はアメリカと互角に戦える「IoT大国」を目指すというのである。
それはかなり困難にみえるが、本音ベースでいえばアメリカの背中に追い付くぐらいの位置に付けたいというわけである。中国が、政治の面で日本ににわかに接近しているのも中国の“深謀遠慮”といえるのでないか。
これに負けてはいられないから、韓国、台湾もやはり中国の工場でハイテク分野の設備投資を進めている。次世代のスマホ、クルマ、家電などを意識した設備投資が始まっている。
ここにきて世界の2018年の半導体設備投資見通しは1040億ドル(前年比14%増)と大幅上方修正された。1000億ドル台乗せは初めてのことだ(ICInsighs)。この先行投資の成否が、未来のマーケットで生き残れるかどうかを左右する。
日本の半導体関連など電子部品商社、工作機械・製造装置関連メーカー、機械・装置据付の設備投資関連企業などは、これまでは国内・韓国・台湾から受注を得ていた。だが、いまや中国が最大顧客となり、急激な需要増に十分に対応しきれないでいるのが現状だ。
それでもこれらの企業はさらに先行きはインドなどほかのアジア諸国も顧客にしようとしているというのである。
■悲観ばかりしているうちに地滑り的な構造変化
日本企業は、いくら前期が空前の「増収増益・増配」でも、新年度の今期は「減収減益・減配」で決算発表をする超保守的ビヘイビアを特徴としている。
機械・装置据付の設備投資関連企業などゼネコンの影響下にあるのか、きわめて超保守的な見通ししか発表しない。電子部品・装置関連商社、工作機械・製造装置メーカーも横並びで慎重・保守的な姿勢を美徳としている。
したがって、「いまは中国に売りまくって、さらにその先にはインドに売りまくっていく」などとは間違っても発言することはない。
そうした地すべりを起こしかねない構造変化がいま起こっている。悲観や懸念ばかりをして、それがあたかも良識であると思っているうちに、世界経済は変わっていくことを心配したほうがよいということになりかねない。
(『M&A資本主義』『トヨタとイトーヨーカ堂』(ともに東洋経済新報社刊)、『日本の時短革命』『倒れない経営―クライシスマネジメントとは何か』『第四次産業の衝撃』(ともにPHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長・中部経済倶楽部専務理事(1971年~2005年)を経て現職。2012年から「経済コラム」連載。)