【編集長の視点】「満点セット」でも「2点セット」でも出遅れの自己株式取得株に株高を促す呼び水効果を期待

 日経平均株価が、1万円大々台の攻防に追い詰められた2008年9月の「リーマンショック」以降の相場低迷期に、「下方修正3点セット」と揶揄された企業のディスクロージャー政策がよくみられた。「3点セット」とは、業績を下方修正した銘柄が、同時に自己株式取得と中期経営計画の策定、さらには役員報酬の減額までを同時に発表したことを指した。業績の下方修正は当然、株価の下押し圧力として働く。自己株式取得は、あらかじめこの株価防衛策を講じておくとともに、中期経営計画によって経営再建の方向性を明らかにし、役員報酬の減額によってステークホルダーへの精一杯の謝罪を込めたことを茶化したものだ。

 安川電機<6506>(東1)の今2019年2月期第1四半期決算開示をトップバッターに始まり一巡した今年7月12日以降の四半期決算発表でも、自己株式取得を発表する銘柄が相次いだ。さすがにかつての「3点セット」は姿を消したようで、Abalance<3856>(東マ)が、今2019年6月期の減益転換予想業績とともに中期経営計画と自己株式取得を同時発表した程度にとどまった。それでも、立会外買付取引により自己株式取得を実施した銘柄、業績の上方修正、増配も合わせて発表した「満点セット」の昭和シェル石油<5002>(東1)、四半期決算の伸び悩み着地とともに発表して株価防衛意識を内外にアピールした「2点セット」株、発表後6営業日で取得を短期終了したプロパストス<3236>(JQS)、音通<7647>(東2)のように、発表の3日後に自己株式取得を中止する銘柄が出るなどバラエティ豊かであった。
 自己株式取得は、日本銀行のETF(上場投資信託)買い入れ、GPIF(年金積立金管理運用独立行政法人)の運用組み入れと並んで「相場感なき買い需要主体」といわれてきた。しかし、本当にそうなのか?日銀のETF買いは、リスク・プレミアムに働き掛けて結果としてインフレ・マインドを醸成する政策目的を堂々と掲げ、GPIFについても、日経平均株価が、心理的な抵抗線の2万2000円大台を下抜いた今年8月13日には買い出動が憶測され、憶測通りなら2万2000円を生命線と捉える相場感があったフシがある。自己株式取得も、自社の株価が売られ過ぎ、割安、買い時と逆にアナウンスしているわけで、株式需給的には市場に出回る流通株を減少させ、投資バリュエーション的には1株利益を向上させるなど基本の基本は相場観で動いているのに違いないのである。トヨタ自動車<7203>(東1)の株価が、自己株式取得の終了を発表した8月7日を境に連続陰線を引いて400円超幅も下落したことも反面教師となりそうだ。

 とすれば、自己株式取得は、株高を促す呼び水効果が期待できる。今週も、全般相場は、米国・中国両市場の狭間で両国の貿易協議の動向に一喜一憂し、トルコ問題の先行きにも振り回され、なお波乱展開が続くことは目にみえている。その相場環境のなか、自己株式取得株は、独自性を発揮して下値抵抗力を強め、あるいは上値にチャレンジして逆行高してくれる可能性もあるということだ。自己株式取得株が、数少ない最後の砦の勝ち組グループとして浮上するとすれば、なかでもPER・PBRに甘んじている割り負け株を消去法的に厳選してマークすることは怠れないことになる。

■株価感応度に即効性、遅効性の違いがあるが両グループとも株価フレンドリ

 というのも自己株式取得は、銘柄ごとに株価感応度に即効性、遅効性の違いがあるからだ。この有力例証は、自己株式取得発表時に対照的な株価推移を示した2銘柄、AGC<5201>(東1)と前述の昭和シェル石油である。「満点セット」を好感し原油価格の上昇も追い風となった昭和シェルの株価は、250円高と急伸したあと、2000円台固めからなお上値を窺う動きをみせているが、AGCの株価は、自己株式取得(取得株式総数600万株、取得価額総額200億円)と今2018年12月期業績の上方修正を同時発表したにもかかわらず500円超幅も急落してしまった。

 昭和シェルは、来年4月の出光興産<5019>(東1)との経営統合を前に今年10月に株式交換比率を決定するスケジュールとなっており、総還元性向を出光興産並みに50%程度に引き上げるとともに、株式交換比率を有利にする政策意図も噂されていることが重要ファクターになっているようだ。これが株価感応度の即効性の背景となっているわけで、バリュエーション的にもPERは7倍台、配当利回りは5.28%と東証第1部の配当利回りランキングのトップ3にランクされているだけに、再騰をサポートすると期待される。

 これに対してAGCは、取得総額を取得総数で割った単純計算の1株当たりの取得株価が、3333円と4000円台にある同社株価より低位にあって実施が遅れているとも観測され、国内大手証券が目標株価を引き下げたことも追い打ちとなって安値を探った。しかし足元ではPERは12倍台、PBRは0.8倍、配当利回りは2.55%と市場平均を下回っており、買付実施段階に入り売られ過ぎをアピールすれば、遅効性は否定できないものの急落分を取り戻しさらに上値にチャレンジする展開も想定範囲内となる

 また機械株では、日本精工<6471>(東1)とキッツ<6498>(東1)が、市場コンセンサスを上回る今2019年3月期第1四半期の増益業績と自己株式取得を同時発表したが、株価感応度は、限定的にとどまり遅効性グループとなった。しかし、PERはそれぞれ9倍台、13倍台と市場平均を下回り、配当利回りに至っては日本精工が、3.30%と市場平均を大きく上回っているだけに、一段の上値評価が有望となる。株価感応度に即効性、遅効性の違いがあっても、株価には好意的に働くフレンドリーさは共通となるはずで、この見極めは重要なカギになる。

■四半期業績が伸び悩み着地の5銘柄は低PER・PBR修正が再騰を起爆

 四半期決算が減益で着地し、合わせて株価下支え効果を期待して自己株式取得を発表した「2点セット」銘柄も、当座は業績評価が先行し株価感応度は鈍かったが、いずれ低PER・PBR評価にとどまる出遅れ修正のリカバリーが有力な遅効性グループに位置付けられる。大豊建設<1822>(東1)、新日本空調<1952>(東1)、日本調剤<3341>(東1)、JSR<4185>(東1)、ウェーブロックホールディングス<7940>(東1)などの5銘柄は、再騰の起爆剤として要マークである。

 またジャステック<9717>(東1)は、今年6月に今2018年11月期業績の下方修正をして年初来安値994円まで調整し、8月10日に自己株式取得を発表して1110円まで持ち直しており、なおPERは13倍台、PBRは1.21倍、配当利回りは2.71%と市場平均を下回っているだけに、年初来高値1433円を意識する動きも期待できる。前述のAbalanceは、今2019年6月期業績が、前期の過去最高からの減益転換を予想、配当も未定としたが、同時発表の中期計画では成長戦略による業績飛躍も示唆しており、PER10倍台の下げ過ぎ訂正に拍車が掛かる展開を強めよう。(本紙編集長・浅妻昭治) 

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