【小倉正男の経済コラム】「半導体製造装置を中国に売っている」という短絡的批判の危うさ

■米中軋轢は「半導体戦争」に進化

 米中貿易戦争が開始される1年前の2017年、この時も半導体不足が騒がれていた。中国が「中国製造2025」をスタートさせ、半導体製造装置、半導体など電子部品の輸入を活発化させていた。日本国内では、「半導体をつくれといわれても、半導体製造装置用の半導体が足りない」(商社筋)といわれていた。半導体不足で半導体製造装置がつくれない、という皮肉めいたユーモアが電子部品業界で語られていたわけである。

 2017年当時では、日本からの半導体製造装置は、中国、韓国、台湾企業に売られていた。もう少し詳細にいうと、中国、韓国、台湾の中国工場向けに輸出されていた。中国は、先行きを睨んで遅れていた半導体製造の自国化を進め、次世代通信5Gなどでも世界の先頭を目指すという野心を明らかにしていた。

 2018年にトランプ前大統領による米中貿易戦争が始まり、米国は中国製品に高関税を課すようになった。さらには米国を中心にデカップリング(切り離し)も行われ、ファーウェイ(華為技術)などへの半導体輸出に規制がかけられることになった。

 米中貿易戦争は、もともと中国の米国への過剰な鉄鋼輸出から始まったものである。トランプ前大統領は、米国の鉄鋼産業衰退による失業者増加を問題にしたわけである。だが、いまや米中軋轢は半導体をめぐる闘いに変わっている。

■台湾のTSMCがインテル、サムスン電子を引き離してリード

 ところで、いまや世界的に深刻な半導体不足が騒がれている。TSMC(台湾積体電路製造)、インテル、サムスン電子といった半導体企業が軒並みに巨大設備投資に踏み出している。このなかで頭ひとつ抜け出して、他社をひときわ引き離してリードしているのがTSMCといわれている。

 最近の時点では、日本からの半導体製造装置の輸出先を確認すると、「中国、韓国、台湾企業であるのは変わらない」(商社筋)。ただ、2021年の現状で、「圧倒的に比重を高めているのは台湾企業だ」(商社筋)ということである。台湾企業とは、すなわちTSMCにほかならない。

 米中貿易戦争によるデカップリングの動きは、やはり中国にかなり影響というか、打撃を与えているようにみられる。のみならず、台湾のTMSCという存在の比重をきわめて高めている。TSMCは、今後3年間で半導体製造中心に1000億ドル規模で巨額な設備投資を行うとしている。すなわち、TSMCは世界断トツの半導体製造企業になろうとしている。

■危うさを感じさせる短絡的な経済界批判

 日本企業は、半導体製造装置などに加えてパッケージ基板といった部材、そしてフッ化ポリイミド、レジスト、フッ化水素などの用材に圧倒的な強みがある。さらにはレジストなどの純度を測定する微粒子計測器(パーティクルカウンター)でも寡占的な地位を築いている。問題なのはいずれも「いいモノを安く」で製品価値が高いのに廉価で売っているきらいがあることぐらいである。

 例えば、半導体製造装置、パッケージ基板、レジストなどが全部揃っていても微粒子計測器がなければ半導体はつくれない。レジストなどの純度が低ければ、半導体製造の歩留まりが一気に悪化する。逆に計測機器があっても基板、あるいは用材がなければ製造は進められない。

 政権に近い愛国派の評論家が、「日本の経済界は半導体製造装置を中国に売ってきた」と批判している。日本には、ルネサスエレクトロニクスぐらいしか半導体企業は残っていない。そんな状況のなかで日本の半導体製造装置、部材、用材、微粒子計測器などの企業は、TSMC、インテル、サムスン電子などとの協業で世界トップ水準の技術を維持してきている。

 その点では、軽い調子で「半導体製造装置を中国に売ってきた」などといった類いの批判はするべきではない。中国がいくら憎くて危険だからといって、半導体製造に関する日本企業の先端的な技術革新をしっかり評価しないで短絡的にケチを付けるのは、危うさを感じさせられる議論というしかない。

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社=Media-IR)

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