【小倉正男の経済コラム】総裁選:「ガバナンス改革」が序盤戦の趨勢を決めた

■権力にはチェック・アンド・バランスが必要

 菅義偉首相が、総裁選へ出馬を断念した。総理を退陣することになったことになる。新型コロナ感染症対策、経済政策で混迷をみせ、支持率は低迷に低迷を重ねた。追い詰められた菅首相は、二階俊博幹事長など党役員の総取り替えという人事に走った。だが、この人事が悪手となり自滅した格好である。

 総裁選の序盤戦で決定的だったのが岸田文夫氏(前政調会長)の「自民党のガバナンス改革」にほかならない。

 岸田氏は総裁選出馬会見で、「総裁を除く党役員は1期1年連続3年までとする」という党改革案を明らかにした。「権力の集中や惰性を防ぐ」と発言して、「チェック・アンド・バランスを考えれば、任期に制限を付けるのはあっていい」と。

 これは「ガバナンス」の本質を突いている表明だった。権力にはチェック・アンド・バランスがないと危険だというのが、「ガバナンス」の基本的な考え方だ。

 「三権分立」「医薬分業」、――なんでもそうだが権力が集中し過ぎるとロクなことがない。権力の分立=チェック・アンド・バランスは、中世から近代に至る人類の知恵のようなものである。

 提示された「ガバナンス改革」では、権力の集中と惰性を自らの手で縛るというわけである。

■「ガバナンス改革」をやり切るという決意

 この岸田氏の「ガバナンス改革」に矮小化というかリアルに即応したのが、菅首相の二階幹事長のすげ替え案である。この人事を求める勢力に菅首相はシンクロしてしまったのか、後戻りができなくなった。

 この「ガバナンス改革」に対して、「任期はケースバイケースであり、連続3年までという制限は必要ない」といった意見が出ている。どこにでもそういう人がいるものだが、「ガバナンス改革」など不要という論だ。いわば「性善説」である。

 しかし、人間というものは権力を取ると、チェック・アンド・バランスなど邪魔だという考え方になりかねない。「連続3年まで」といった客観的な制限を設けておくのは必要なことである。

 菅首相の総裁選出馬断念という事態があったが、岸田氏は「この党改革はやり切らないといけない」としている。二階幹事長などが交代するメドがついたから引っ込める、といった軽い改革案ではないというわけである。

■経済が持たなければ政権も持たない

 岸田氏は、この「ガバナンス改革」で総裁選の序盤戦をリードした格好だ。しかし、まだまだ何が起こるかわからない。

 河野太郎行政・規制改革相、石破茂氏(元幹事長)、そして阿倍晋三前首相が支援する高市早苗氏(前総務相)、野田聖子幹事長代行などが総裁選に出馬することになる。そこでは「ガバナンス改革」は避けて通れないアジェンダになってほしいものである。

 権力とチェック・アンド・バランスをどう捉えているのか――。自民党が政権党であると自負するのなら、自民党のガバナンスをどう改革するのか明らかにすべきである。岸田氏の「ガバナンス改革」に対抗する、あるいはそれを上回る案をそれぞれ出して競演するような行動をみせてほしい。

 それと何よりも経済政策だ。経済が持たなければ政権も持たない。経済が浮揚しなければ、1年、あるいは2年で首相が交代することになりかねない。

 当面は、新型コロナ禍を極小化することが重要だ。有効な新型コロナ対策が打たれれば、それこそ経済への特効薬になる。成長戦略でも本格的なものを提案して競い合ってほしい。そうしたことがなければ、政権が持たないどころか、日本が持たない。

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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