【小倉正男の経済コラム】なぜ日本の平均所得(平均賃金)は上がらないのか?

■平均所得がピークを付けたのは1997年

 このところ、枕詞のように「日本の賃金が25年の長きにわたって上がっていない」と報道されることが一般的になっている。確かに、それは間違いではないのだが、正確にいうと「平均所得」、あるいは「平均賃金」が上がっていないということを指している。賃金が上がっていない、それと平均賃金が上がっていないとでは、中身が少し異なる。

 日本の平均所得(平均賃金)がピークだったのは1997年である。山一証券、北海道拓殖銀行などが破綻したのが97年である。世界的にはこの年にアジア通貨危機が勃発している。日本経済にとっては“地獄の道行き”がスタートした年に奇しくも平均所得はピークアウトしたわけである。

 91~92年から「バブル崩壊」が始まっていたが、いよいよ崩壊が顕在化したのが97年である。賃金のほうは過去からの“慣性”で形としてピークを付けたが、ついにカタストロフィー(大破局)を迎えたわけである。金融機関の破綻・倒産が表面化し、大手企業の多くが大規模な人員整理といったリストラに乗り出したのがこの97年である。

■賃上げの行方は持続的か?

 平均所得は90年代に入るとすでに横ばい傾向になっていたのだが、97年に平均所得は467万円となりピークを付けた。この時点では、OECD(経済協力開発機構)加盟国では、米国、ドイツに続いて日本の平均所得は3位の高いレベルにあった。

 しかし、平均所得はその後20年を越えて横ばいが続いている。2020年の平均所得は436万円、いまではOECD加盟国の中位~下位グループに低下している。この間、米国など他の諸国の平均所得は右肩上がりだった。日本の平均所得は、大枠で「金持ち国」からいわば「中位国」~「貧乏国」の部類に転落している。

 いま世の中ではにわかに分配=賃上げが必要ということになっている。産業界は、新型コロナ禍にあっても製造業は半導体関連などが過去最高決算となる企業が続出している。一方、円安が裏目になり原油高による原材料・資材高騰が顕在化している。「ウクライナ緊張」も先が見えない。お国がらみの賃上げだが、持続的なものになるかどうかまだ不透明だ。

■正規社員の賃上げだけでは解決しない

 日本の「平均所得」が伸び悩んだ要因は様々あるのだが、非正規社員の増加という問題がほとんど論じられていない。一般論として規制緩和は必要だが、安直に非正規社員の規制緩和を行ったものだ。円安、金利安、賃金安と経営者にとって苦労がない環境が提供されて、逆に企業本来の「生存本能」を衰退させた面があるように思われる。

 ともあれ労働力だが2020年では、正規社員63%、非正規社員37%となっている。20年は新型コロナ禍で非正規社員が雇い止めされるといった厳しい状況があった。20年は非正規雇用が比重を減少させたが、通常ベースでは非正規雇用が労働力の40%を占めているのが実体である。

 つまり、日本の労働力は10人のうち4人が非正規社員になっている。非正規社員は賃金が安いうえにボーナス、退職金、さらには社会保険などが付与されない。しかも、新型コロナのような不測の事態が生じれば雇い止めにさらされる。経営者にはコスト面できわめて重宝であり、非正規雇用の増加は止めようがなくなっている。

 非正規雇用の増加が平均所得の低迷に拍車をかけている。「貧富格差」の問題が騒がれているが、正規社員と非正規社員の格差は大きな原因となっている。そうしたなかで非正規社員という問題を除外して、正規社員の賃上げをしても「平均所得」低迷はなかなか解決しないのではないか。

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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