【小倉正男の経済コラム】「飢餓輸出」というウクライナが経験した過酷な歴史

■ゼレンスキー大統領が表明した中立化の条件

 ウクライナのゼレンスキー大統領・与党「国民の奉仕者」はロシアが要求する中立化について「米国、欧州にロシアを加えた周辺諸国が安全保障を確約することを条件にNATO(北大西洋条約機構)早期加入を断念することもあり得る」と表明した。(3月8日・タス通信)

 難物中の難物であるロシアのプーチン大統領だから何を言い出すかわからない。とんでもない条件を打ち出す可能性が十分にあり得る。しかし、このあたりが現実的な落としどころ、あるいは少なくとも落としどころの切り口になるのではないか。大変甘いかもしれないが、「プーチンの戦争」を一刻も早く停止させ、平和の方向に向かってほしいものである。

■「飢餓輸出(きがゆしゅつ)」という過酷な経験

 ロシアとウクライナの近代史で避けて通れないのがスターリンの「飢餓輸出(きがゆしゅつ)」である。

 レーニンの「ロシア革命」(1917年)でソビエト政権が樹立されたが、経済は内戦もあって破綻状態に陥っている。1921年にネップ(新経済政策)がレーニン、ブハーリンの主導で採用され、部分的に市場経済が認められた。中国の「社会主義市場経済」のようなもので、資本主義(市場経済)を国家管理の枠組みの下に公認したわけである。

 経済は停滞から活況に変わり、ネップマン(小規模商工業者)、クラーク(自営農民)といった層が生み出されている。ウクライナは「ヨーロッパの穀倉」といわれる豊かな土地だから、自然にネップマン、クラークが誕生・発生するのだが、これを軒並みに粛正したのがスターリンである。

 スターリンは第一次五カ年計画(1928年)を打ち出し、ネップを否定し鉄鋼など重工業に偏重した政策を採用した。家畜を数頭持っていれば「富農」として粛正するなど極端な政策が採られたというのだが、最も酷いのは「飢餓輸出」という政策である。

 ウクライナの穀物は国家に取り上げられ、外貨稼ぎの輸出に廻された。穀物輸出で獲得した外貨は重工業化に必要な機械・製造設備などの購入に充てられたわけである。ウクライナの人々は穀物を取り上げられ餓死者が出るといった悲惨な状態となった。少なくとも数百万人レベルの死者が出たと伝えられている。これが「飢餓輸出」だが、最近では「人工飢饉」(ホロモドール)といわれている。

■世界はインフレに向かうが、ロシアは「戦時インフレ」という懸念

 プ-チン大統領は、「ロシアとウクライナは兄弟のような存在」といったような議論をしている。それなのに「ウクライナはNATOとか、EU(欧州連合)に向かっている」と。

 しかし、「飢餓輸出」「人工飢饉」という地獄を経験したウクライナとしたら、「どこが兄弟なのか」ということになる。いまの「プーチンの戦争」にしても恫喝などを含め何でもありというか、兄弟という友情・愛情や絆など暖かいものはさらさら感じられない。

 この戦争でおそらく世界はインフレに向かうが、ロシアは「戦時インフレ」、戦争が一端収まっても「戦後インフレ」という厄介なものが懸念される。経済制裁によるルーブル暴落で極端な物不足、そして良性とは対極にあるインフレの条件が揃ってしまうことになる。国債、通貨の増発が避けられず、経済は恐ろしいことになりかねない。

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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