【小倉正男の経済コラム】「プーチンの戦争」ロシアは兵站に欠陥という致命的な誤算

■米国、NATOともクリミア侵攻・併合時は見て見ぬフリ

 2014年3月、プーチン大統領のロシアはクリミアに軍事侵攻、当時ウクライナ領とされていたクリミア半島を一方的に併合した。このコラムでは、「ウクライナ軍事介入はロシアの”ストーカー行為“」「ウクライナが嫌悪する”ロシアのくびき“」(14年3月)「振り返れば”財政の崖“オバマ大統領の内向き行動」(14年同4月)など関連記事3~4本が掲載されている。

 いまの「プーチンの戦争」と14年のウクライナとロシア、それに米国、NATO(北大西洋条約機構)の対立する構図は大枠では変わっていない。その前年の13年9月、米国のオバマ大統領は「アメリカは世界の警察官ではない」と演説した。シリアのアサド政権が化学兵器を使用、ところがオバマ大統領は一旦決意したシリア空爆を回避すると表明した。オバマ大統領の翻意は財政面(巨額財政赤字)からの制約であると説明されている。

 プーチン大統領のクリミア侵攻は、米国、NATOの「宥和策」を見越したうえで実行されている。14年には米国,EU(欧州連合)がロシアに経済制裁を行ったが、ほとんど形だけのものだった。ロシアのクリミア半島併合を黙認、見て見ないふりをした。当時、ロシアはウクライナ国境で大規模軍事演習を実施しているとして居座り続けた。しかし、オバマ大統領は「ウクライナで軍事行動に関与しない」と早々に表明した。(14年コラム参照)

■クリミア併合の成功体験がプーチン大統領の誤算の始まり

 このクリミア侵攻・併合を振り返りながら今回のウクライナ侵攻を見ると、プーチン大統領側の誤算が透けて映し出される。

 ロシアのウクライナ侵攻以前からバイデン大統領は、ロシアのウクライナ侵攻が確実だとしながらも「軍事介入はしない」「派兵は検討しない」「本格的な戦争は望んでいない」と自らの手の内を明らかにしてきた。プーチン大統領はウクライナ国境に大規模な軍事力を集中し、これでもかと恫喝・威圧の限りを尽くした。しかし、バイデン大統領は正直というか「何もしない」と繰り返し表明するのみだった。

 プーチン大統領としたら(バイデンはロシアのウクライナ侵攻を事実上黙認している)と半信半疑したに違いない。あるいはあまりの弱々しさに(バイデンは呆けているのではないか)と思ったのか。バイデン大統領は、ウクライナ侵攻には「経済制裁で深刻な代償を負わせる」と発言した。それでもプーチン大統領としたら、ウクライナに侵攻してもリスクや代償はほとんど何もないとタカをくくったに違いない。

 プーチン大統領にはクリミア侵攻時にオバマ大統領が何もしてこなかったという成功体験がある。(バイデンはそれと同等、あるいはそれ以上に何もできない)、と。クリミアでの成功体験が、いまのウクライナ侵攻ではプーチン大統領の誤算の始まりになっている。

■プーチン大統領が嵌まった落とし穴

 プーチン大統領としたら、バイデン大統領が「軍事介入はしない」と裏表もなく表明しているのだから、ウクライナ侵攻の絶好のチャンスと判断したに違いない。ただそれはプーチン大統領が、バイデン大統領に結果として「挑発」されたようにも見えないではない。

 「軍事介入」はしないが、バイデン大統領はウクライナに未曾有の軍事支援、ロシアには未曾有の経済制裁を主導している。14年のオバマ大統領は何もしなかったが、バイデン大統領は実質的に違っている。「アメリカは世界の警察官ではない」「(しかし、見過ごせないほど酷い事案では)警察官と同じようなことをやる」。直接的な軍事介入はしないが、それ以外は何でもやる。プーチン大統領はまんまとその落とし穴(罠)に嵌まってしまった。

■兵站に欠陥抱えるロシア、日を追って敗色漂う可能性

 米国のウィリアム・バーンズCIA(中央情報局)長官は、「プーチン氏は現在の戦況に怒り、不満を持っている」と米下院情報特別委員会で証言している。ロシア、中東情報のプロフェッショナルだが、プーチン大統領の誤算が現実のものであると分析している。

 「プーチンの戦争」=ウクライナ侵攻は2日でキエフを制圧するという計画だったようだが、すでに3週間に及んでいる。キエフは陥落しないどころか、ポーランド、チェコ、スロベニアの東欧3カ国首相がキエフに支援訪問で赴きゼレンスキー大統領と会談している。「キエフ包囲」といわれているが、キエフには余裕のようなものがあり強固な結束がある。

 ロシアは日を追って苦しくなる可能性がないとはいえない。「プーチンの戦争」は、見方によれば、現状でもウクライナのほうが善戦、ロシアの苦戦に見えないわけではない。ロシアの致命的ともいえる誤算は兵站であり、15万人という兵員に食糧などを補給するのは至難である。兵站の改善のメドはついていない。いわば「サプライチェーン」に欠陥が生じている。

 戦線が事実上膠着して長期化すれば、むしろロシアの敗色が語られることになる。停戦交渉がいま進捗している背景には、ロシアの兵站の欠陥という問題がある。“2日でキエフを制圧する”という夢想のような計画では、誤算が生じないというわけにはいかない。たとえプーチン大統領の怒りと不満が大きくとも、大義もなく食糧、燃料、バッテリーを含む消耗部品の数々といった基本物資の補充がつかないでは戦には勝てない。

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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