【小倉正男の経済コラム】イノベーションなければ「いいモノを安く」は無意味

■「名古屋企業」の元祖ノリタケ

 2000年代前半は、いわば「失われた30年」のどん底を極めた時期である。不動産バブル崩壊により大銀行が膨大な不良債権を抱えて青息吐息、財閥などの垣根を超えて金融再編成が進行した。その大不況の真っ最中、トヨタ自動車などを筆頭に「名古屋企業」が異例の収益力の強さをみせていた。

 実体は名古屋だけではなく、トヨタグループなど「三河企業」がその中核にあり、牽引していた面がある。東京からは、尾張(名古屋)も三河も同じにみえるが、地元ではそれぞれまったく違うわけである。

 ともあれ中部地方だけ景気が良かったのである。求人倍率は、全国のどの地域も1倍を大きく割り込んで沈みきっていた。しかし、中部のみ1倍超えだった。経済誌などメディアが「名古屋企業」の特集号を組んで、それが飛ぶように売れるという現象が勃発した。「名古屋企業」研究が大きなブームとなっていた。

 その時期にノリタケカンパニーリミテド(本社・名古屋市西区)を取材した。名古屋企業の元祖といわれる名門だが、いまでは工業用砥石、セラミックマテリアルなどに強みを持つ高収益企業である。このノリタケからTOTO、日本ガイシ、日本特殊陶業など蒼々たる企業が分社して枝分かれしている。いわゆる森村グループであり、その母体となった存在がノリタケである。

■高級洋食器で外貨を稼ぐというイノベーション

 ノリタケは1904年(明治37年)に創業されている。ノリタケは陶磁器、とりわけ高級洋食器を生産して、米国、欧州に輸出するというビジネスモデルでスタートしている。その時代、高級洋食器は英国が世界市場を席巻していた。米国、欧州の富裕層などは、英国製の洋食器をこぞって購入していたのである。英国製の洋食器、例えばディナーセットは富裕層のステータスそのものだった。

 ノリタケは、この英国の寡占市場に挑戦して、「ノリタケ」ブランドの高級洋食器を世界市場に送り込んだ。京都から絵師を呼び集めて、ハンドメイドの絵付けを行い、その工芸の美しさで世界にセンセーションを巻き起こした。これは一種の「事件」、いやイノベーションといえるものにほかならなかった。

 ノリタケが創業初期に苦労したのは、紅茶、コーヒーのカップ、ポットなどに取っ手が付いていたことである。日本の陶磁器、焼き物は取っ手がなかったから、当初は失敗作だらけだった。この取っ手の克服(ノウハウ)には相当に手間取っている。

 ともあれ絹、綿紡績など繊維以外の製品、すなわち高級洋食器をつくって輸出し、いわば外貨を稼げる世界商品に仕上げていった。これは画期的なスタートアップだったといえる。(偽ノリタケの洋食器が世界に出回る事件が続発する騒ぎだったといわれる。)

 ノリタケは、次に米国製の高圧ガイシを手本に見よう見まねで製造している。東芝の前身である芝浦製作所からの依頼が発端だった(1905年=明治38年)。「高圧ガイシなど簡単に焼ける、つくれる」と思って取り組んだが、これが思いのほか失敗の連続だった。ノリタケ本社敷地周辺を掘り起こせば高圧ガイシの失敗作がゴロゴロ出てくるという都市伝説がある。この試行錯誤が1919年(大正8年)の日本ガイシの創業につながっていく。

■イノベーションなければ「いいモノを安く」は成立しない

 ノリタケは、洋食器、高圧ガイシの製造に取り組み、日本の近代資本主義を飾るトップ企業の1社になっていった。このノリタケ創業の取り組みから、日本産業の骨盤といわれる「いいモノを安く」を考えてみたい。

 「いいモノを安く」はキャッチアップ、つまり欧米に見本があって追い掛ける、という特徴が否定できない。「いいモノを安く」は、キャッチアップと切っても切れない関係にある。いわば、後発企業勢のコンセプトである。日本の近代資本主義は、欧州、米国に遅れて出発しており、これは宿命だったに違いない。

 しかし、それでもノリタケの洋食器の事例では、重点はあくまで「いいモノ」、すなわち商品力を前面に打ち出して市場参入している。絵付けなど工芸の美しさでこれまでにない高級洋食器という新ジャンルを生み出している。

 「いいモノ」、需要者が憧れる商品をつくってマーケットに送り出すには、一種のイノベーションが伴っている。「安く」のほうは、目的ということではなく、商品力の結果としての問題である。

 闇雲に安さを売り物に市場に参入していったわけではない。「安く」だけではいずれ市場から消えていく運命に逆うことはできない。いまの日本の資本主義では、「いいモノを安く」を倣い性で念仏のように唱えているきらいがある。しかし、「いいモノ」=商品力の強さが伴わなければ、「いいモノを安く」というマーケテイングの持続可能性は成立しない。イノベーションの衰退が、いまの日本資本主義の低迷につながってはいないだろうか。(経済ジャーナリスト)

(小倉正男=「M&A資本主義」「トヨタとイトーヨーカ堂」(東洋経済新報社刊)、「日本の時短革命」「倒れない経営~クライシスマネジメントとは何か」(PHP研究所刊)など著書多数。東洋経済新報社で企業情報部長、金融証券部長、名古屋支社長などを経て経済ジャーナリスト。2012年から当「経済コラム」を担当)(情報提供:日本インタビュ新聞社・株式投資情報編集部)

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